魔法協会関東支部のゲートを通り、真夜が待つ部屋まで向かう間、達也は深雪と響子に挟まれるように手を繋がれていた。事情を知らない人が見れば、仲の良い姉弟に見えたのかもしれない。
「お待ちしておりました。……おやおや、仲のよろしい事で」
このように葉山執事のように面と向かって言う人間はいなかったが、おそらくはそう思われていたのだろうと深雪と響子は少し赤らんだ顔で微笑んだ。
「おや、深雪くんではないか」
「先生? なぜこのような場所に……」
「私がお連れしました」
深雪の疑問に葉山が答えた。そしてその背後からもの凄い勢いで達也に飛びかかってくる一つの影があった。
「たっくーん!!」
「うにゃ!?」
急に正面から抱きつかれた達也が驚きの声を上げた。その声に深雪も響子も一瞬和んでしまった。
「「ッ!」」
和んでる場合ではない。そう思い直して深雪と響子は達也に抱きついてきた影――四葉真夜を何とか達也から引き離そうとした。
「叔母様! 今は抱きついてる場合ではありませんよ!」
「そうですよ、四葉のご当主! 今は一刻も早く達也君を元の姿に戻すのが先決、抱きついて頬ずりしてる場合ではありません!」
「えー! だってこんなたっくんを満喫出来るのは今だけなのに……しょうがないわね。葉山さん、説明よろしく」
名残惜しそうだったが、真夜も達也を元に戻す事が重要だと考えていたのですぐに頬ずりは止めた。それでも達也を抱きしめたままなのだが。
「結論から申し上げますと、達也殿を小さくしたのはこちらにいる九重八雲殿です」
「「えぇ!?」」
深雪と響子が同時に声を上げると、犯人とされた八雲が楽しそうに笑った。
「その反応、まさに僕がほしかったものだ」
「開き直っては困りますぞ」
「いやいや、開き直りではありませんよ。僕は彼女たちが見たかった達也君を見せてあげただけだからね」
その言葉に深雪と響子と真夜までもが一瞬動きを止めた。それだけで葉山は八雲が何故このような事をしたのかに納得がいったのだった。
「しかし、良く達也殿に気づかれる事無く出来ましたな」
「達也君にはバレてたと思うけどね。疑われていたと言った方が正解かもしれないけど」
「し、しかし先生……何を如何すればお兄様をこのようなお姿に……」
「ちょっとした秘術を使ったんだよ。まぁ効果はもって一日だけどね」
「じゃあ、明日には何時ものたっくんに戻ってるって事かしら?」
真夜の質問に、八雲は頷いて答えた。
「安心して構いませんよ。今日の事は達也君の記憶には残りませんし、周りが黙っていればどんな事をしても大丈夫ですから」
「「「どんな事も……」」」
「もちろん、倫理的に如何かと思う事は止めておいた方がいいでしょうけどね」
綺麗にそり上げた頭を撫で、八雲が最低限のモラルを守るよう忠告する。その横では葉山が苦笑いを浮かべながら、それでも楽しそうな表情をしていた。
「それでは僕はこれで。深雪くん、ちゃんと達也君を家まで連れて帰るんだよ? 達也君は今日一日の事を全く覚えてない状態で元に戻るから、部屋にいなかったらさすがの達也君も混乱するだろうしね」
「分かりました。それでは先生、また」
犯人として連れてこられた八雲があっさりこの場から帰るのを、誰一人として止めるものはいなかった。残された時間を考えれば、八雲を問い詰めるよりも達也と触れ合った方が有意義だと三人が思ったのは言うまでもない事だ。
「深雪さんも藤林さんも十分に堪能したでしょ。後は私にお譲りなさい」
「いいえ、叔母様。私はまだ十分に堪能しておりません!」
「私もです! ここ迄来る間はずっと運転してましたし、手を繋ぐしかしてないんですから!」
言い争う三人をしり目に、葉山は達也にお菓子を差し出す。そのお菓子を嬉しそうに受け取る達也を見て、葉山は表情を緩めていた。
「葉山さん? 何をしているのかしら?」
「いえ、達也殿がこのような反応を示してくれる事など、後にも先にも無いでしょうしな。新しい孫が出来たみたいでつい」
口では葉山を叱責している真夜だが、お菓子を頬張る達也を見てほっこりしてるのは葉山にも分かっていた。
「では、原因も分かりましたし私たちはそろそろ失礼させていただきます」
「え、もう帰っちゃうの?」
「ええ。少しでもお兄様に負担を掛けないようにしませんと」
言外に真夜の相手は達也に負担が大きすぎると告げ、深雪はこの部屋に来た時と同じように達也の手をとりゲートまで戻っていく。
「では、私もこれで。四葉殿の見立て通り古式魔法師の仕業でしたね」
響子も一礼して部屋から去っていく。残されたのは未練がましく達也の背中を見つめている真夜と、その真夜を孫でも見るような目で眺めている葉山だった。
翌日、目を覚ました達也がまず驚いたのは、自分の記憶していた昨日と、カレンダーが表示している日付が一致しなかった事だった。
「故障か? だが、家の中のもの全てが同時に故障するなどあり得ないだろうし……」
考えても仕方ない事で頭を悩ませるのもバカらしいと、達也は何時も通り八雲の寺へと向かった。
「達也殿、昨日は大丈夫でしたか?」
寺に到着するなり八雲の弟子たちに心配され、達也は困惑した表情を浮かべる。
「すみませんが、昨日の記憶が全く無いんですが」
「おやおや達也君、おしゃべりに興じてていいのかな?」
秘密がバレないように、タイミングよく現れた八雲が達也に蹴りを放つ。それに対応する為に身体を反転させ八雲に殴りかかる達也。そのせいで達也が昨日の事を聞くチャンスは無くなったのだった。
家に帰り深雪の態度に疑問を感じながらも、達也は学校に向かう為にキャビネットに乗り込んだ。
「なぁ深雪……」
「何にも知りません!」
「……俺はまだ何も言ってないんだが」
綺麗に墓穴を掘った深雪だったが、達也はそれ以上何も聞いてこなかった。ある意味で聞かれた方が楽になれた深雪は、何も聞いてこない兄に恨みがましい視線を向けるのだった。
「よう達也。昨日は如何してたんだ?」
「達也が休むなんて珍しいよね」
教室に着くなりレオと幹比古が話しかけてくる。
「俺にも分からないんだが……昨日の記憶がまるでないんだ」
「そ、そうなんだ~」
何か知ってそうなエリカに視線を向けた達也だったが、すぐにその視線をずらす事になる。
「達也君、ちょっといいかな?」
「七草先輩? 何かご用でしょうか」
結局全員が隠そうとしていた事は、真由美が撮った写真によって達也に知られ、元凶の八雲は翌日の組み手で達也に容赦なくやられるのだった。
犯人は八雲……と書きましたが、その実葉山が計画したんですよね……真夜の望みを叶える為に。