達也と対峙した服部は、自分の勝ちを確信していた。一科生の自分が二科生、しかも実技が苦手だと言っている新入生相手に万が一でも負けるはずが無いと。
「審判は私がする。フライングや反則をした場合は私が力ずくで止めるから覚悟しておくように」
摩利がルール説明をしている間も、服部は自分がすべき事を頭の中で反芻していた。開始直後にスピード重視の単純な起動式の展開を完了させ、基礎単一系移動魔法を発動。達也を十m後方に吹き飛ばし壁にぶつけて衝撃で戦闘不能にするイメージを何度も何度も確認する。
魔法が得意な一科生が二科生に負ける事はありえないし、ありえてはいけないと思い込んでいる服部にとって、この模擬戦は負けられないものなのだ。もちろん負けるとは思って無いのだが。
「双方、準備は良いな?」
摩利に確認され、服部も達也も小さく頷く。服部が腕輪型の汎用型CADに手をやり、達也が拳銃型の特化型CADを床に向けたのを確認して、摩利が合図をする。
「始め!」
この合図と共に、服部は頭の中で描いていた行動を実行する。これで自分の勝ちだと思った服部の腹部に、衝撃が襲い掛かった。
「グッ!」
その場に踏みとどまるように脚に力を入れた服部だったが、次の瞬間には前のめりに倒れこんだ。
「……しょ、勝者司波達也」
チラリと達也に目を向けられ、摩利が慌てて判定をした。その勝ち名乗りを受けた達也は、興味無さそうに一礼してCADを片付ける為にトランクの場所まで移動する。
「ちょ、ちょっと待て!」
「何か?」
「今のは自己加速魔法なのか?」
「いえ、身体的な技術ですよ」
「だが……」
達也の発言が信じられないのか、摩利は食い下がろうとした。摩利としては今の動きが魔法じゃないと言う事実が受け入れられないのだった。
「私も証言します。あれは兄の身体的な技術です。お兄様は九重八雲先生の弟子なんですよ」
「忍術使い、九重八雲か! 身体技能のみで魔法並の動き…さすが古流……」
八雲の名前に聞き覚えがあった摩利は、それで達也の動きに納得がいったように頷いたが、真由美はまだ首を傾げている。
「それじゃあはんぞー君を倒した魔法も忍術ですか?」
「いえ、あれはただのサイオン波です」
「でもそれじゃあ、あのはんぞー君が倒れてる理由が分からないのだけど」
達也が言ったように、達也が使った魔法は単一系統の振動魔法だ。だがそれだけの説明では納得が行かないようで、真由美は次々と質問を達也にぶつける。その中で鈴音が自分の中で結論が出たかのように口を開いた。
「波の合成ですね」
「リンちゃん?」
自分の推論を淡々と披露しながらも、鈴音は次の疑問が頭に浮かんでいたのだが、その事は今は気にしてないようだ。
鈴音の言った言葉の意味が分からず、首を傾げる真由美とは違い、達也は苦笑い気味に笑いながら頷いた。
「さすが市原先輩、お見事です」
「ですが、あれだけの短時間で三回の振動魔法の発動…その処理速度で実技評価が低いのはおかしいですね……」
達也の処理速度は一科生としてのラインを十分クリアしてるのに、何故達也が二科生なのかと首を傾げる鈴音だったが、ひょっこりと現れたあずさのおかげでこの疑問は解決した。
「あの~、これってひょっとしてシルバーホーンじゃないですか?」
「シルバーホーン? シルバーってループキャストを開発したあのシルバー?」
真由美の疑問に、あずさが嬉々として話し始めた。デバイスオタクと揶揄されているらしいのだが、これなら言われても仕方ないなと達也は内心でため息を吐いた。
「でもおかしいですね、ループキャストは全く同じの魔法を連続発動する為のシステム、波の合成に必要な振動数の異なる複数の波動は作れないはず……もし振動数を変数化しておけば可能ですが、座標・強度・魔法の持続時間に加えて四つも変数化するなんて……まさかその全てを実行してたのですか!?」
鈴音の独り言のようなこのセリフは、演習室に居た全員が息をのむような内容だった。だが聞かれた達也だけは苦笑いのような笑みを浮かべながら淡々と答えた。
「学校では評価されない項目ですからね」
「なるほど、司波さんの言っていた事はこう言う事か……」
達也が答えたのと同時に、倒れていた服部が起き上がった。
「大丈夫ですか、はんぞー君?」
「大丈夫です!」
「あっ、そう言えば振動波の前にはんぞー君のお腹に何かが当たってたように見えたのですが……」
「確かに……あれも君の魔法か?」
「いえ、あれは高速移動によって空気が圧縮され服部先輩の腹部に衝撃を与えただけです」
「つまり、あれも身体的な技術……さすがは古流だ」
この後あずさが達也のCADを弄ろうとしたり、服部が達也に謝らなかった事で深雪の機嫌が悪くなったりと些細な問題はあったのだが、無事達也の風紀委員入りの障害は無くなったのだった。
生徒会室に戻ってから内部直通の階段を下って、達也と摩利は風紀委員本部にやって来た。そして達也は、その部屋の汚さに頭を抱えた。
「多少散らかってるが、まぁ座ってくれ」
「……委員長、この部屋を片付けても良いですか?」
「なに!?」
よほど意外だったのか、達也の申し出に摩利は素で驚いていた。達也は魔工技師志望としてCADが乱雑に扱われてるのが我慢出来ないと理由を言って、摩利の答えを待つ事無く片付けを始めた。
「魔工技師って、あれだけの対人戦闘スキルがあるのに……」
「如何足掻いても上位のランクは取れませんからね」
「す、すまない……」
「いえ、気にしないでください」
摩利は気まずそうに身じろぎしたのだが、達也は一瞥もくれずに淡々と片付けを進めていく。
「わ、私も手伝おう」
机の上の書類の整理を始めた達也を見て、摩利も慌てて片付け始めたのだが、気持ちは必ずしも結果には繋がらないのだ。達也の前には机の天板が姿を現してるのに対して、摩利の方は一向に片付かないどころか、余計に散らかっていく……チラリと達也に目を向けられた摩利は、ため息と共に片付けを諦めた。
「こう言うのは苦手でな」
「そうですか……」
この部屋が片付かない原因は摩利にあるのでは無いかとも思ったが、誰も居なければ片付かないかと思い直しその事は口にしなかった。
達也が片付けていた書類を見て、摩利は関心したように息を吐く。無造作に積んでるのかと思っていたのだが、達也はしっかりと種類毎に分けていたのだ。
「あの、机の上に座るのは……」
「おっとすまない」
ちっとも悪いと思っていない口調で、摩利が謝罪してきた。
「中身を見ても良いですか?」
「構わんよ」
作業途中の端末を起動して、次々と端末を片付けていく達也。そのスピードに関心しながらも、摩利は話を進めていく。
「君が風紀委員に入ってくれれば、二科生からの反感も減るだろ」
「その代わり一科生からの反感が増えそうですがね」
「一年ならそう悪しき風習に染まってないだろ」
「ですが、昨日いきなり認めないと言われましたがね」
「森崎か? 彼は教職員推薦で風紀委員に入る事になっている」
「なるほど……えっ!?」
軽く流しそうになった達也だったが、その意味を理解して操作中の端末を落としそうになった。
「意外だな、君でも慌てるんだな」
「そりゃ、一応人間ですから」
端末の整理が終わった達也は、今度は固定端末のメンテナンスハッチを開けて作業し始める。
「……ここ、風紀委員会本部よね?」
その背後から、不思議そうな声を聞いたような気がしたが、今はそっちよりもメンテナンスを優先しようと思った達也だったのだった。
次回は劣等生と優等生の複合で話を作ります。