生徒会室での昼食を終えた達也は、実習室に向かった。午前の座学とは違い、自分の苦手分野だけあって、達也は何処と無く嫌そうな雰囲気を醸し出していた。だがそれがカッコいいとクラスメイトの間で話題になっているのだが、達也本人にその噂が届く事は無かった。
「それで達也、生徒会室での話しは如何だったんだ?」
「何だか妙な展開になった」
「妙?」
今日の実習は据え置き型CADに想子を送って三十cmのほどの台車を端から端まで三往復させるという課題だ。もちろん二科であるが為に教員は居ないが、サボれば当然バレるのだ。
「いきなり風紀委員になれと言われてな……」
「風紀委員って問題を起こした生徒を取り締まるんでしょ? 達也君ならぴったりじゃん」
「馬鹿言うなよ、俺は実技は苦手なんだぞ?」
既に課題をクリアーしている達也たちは、隅っこで話しているのだが、この四人の中で達也が一番出来が悪かったのは達也自身が良く分かっていたのだ。クラスの中では悪くは無い、だがこの四人の中だと悪いのだ。
「ですが、達也さんなら魔法を使わなくても取り締まれそうですよ?」
「確かに。昨日の蹴り、凄かったぜ」
「私の見せ場だったのに……」
「エリカ?」
「ううん、何でも無い」
なにやら不貞腐れているエリカを不審に思った達也だったが、深く追求して訳の分からない事を言われてもたまらないので流す事にした。
「それで、放課後も生徒会室に行くのか?」
「ああ。呼ばれてるからな」
「でも、面倒なら断っちゃえば?」
「さっきピッタリとか言ってたくせに、断れって何だよ」
「アンタには言ってないでしょ」
「何だと!」
「何よ!」
「だから二人共喧嘩は駄目ですよ!」
自分の事でレオとエリカが揉め始めたのを、達也は苦笑いを浮かべながら見ていた。よくも毎回こうやって揉められるものだと関心してたのだが、それは表情には出さなかったのだ。
再び兄と一緒に生徒会室に向かえる事になった深雪は、心なしか表情が緩んでいる。もちろん有象無象には分からない程度だが、達也の目は誤魔化せないのだ。
「深雪、何だか……」
「はい?」
「いや、何でも無い」
「そうですか」
意味の無い質問をして深雪を困らせる事は無いと思った達也は、質問を途中で止め苦笑いで誤魔化した。深雪は一瞬不思議そうな顔を浮かべたが、すぐに浮かれた表情に戻ったのだった。
「失礼します」
「は~い」
最早所属と名前を言わなくとも開く扉に、達也は頭痛を覚えた。断る前にその道を塞がれているような感覚にとらわれたのだ。
「妹の生徒会入りと、自分の風紀委員入りの件で伺いました」
「風紀委員?」
昼間居なかった男子生徒が達也の口上に反応した。さっき鈴音が説明していた副会長なのだろうなと達也は思った。この人なら自分の風紀委員入りを止めてくれるのではないかとも。
「それじゃあ達也君はコッチだ」
「待ってください、渡辺委員長」
「何だ? 服部刑部少丞範蔵副会長」
「フルネームは止めてください!」
摩利の言った言葉に、達也は思わず真由美を見た。
「ん? 達也君、如何かしたの?」
「いえ……」
まさか『はんぞー』が本名だとは思って無かったのだ。真由美は彼の事を『はんぞー君』と呼んでいたので、絶対に真由美に渾名をつけられるのは遠慮しておこうと思っていたのだ。
「それで服部副会長、いったいなんの用だ?」
「自分はそこの
「禁止用語を私の前で使うなんて良い度胸だ」
一発触発の雰囲気の中、達也は別の気がかりがあったのだ。服部の発言を、深雪が見逃すとは思って無かったので、慌ててその深雪を確認した。
「お兄様を侮辱…許せません」
「深雪、止せ!」
「……は!」
静かに荒れ狂っていた深雪に短い命令を発し落ち着かせた達也は、とりあえず一安心したのだったが、今度は服部と深雪が会話をして、言ってはいけない事を深雪が言いかけた。
「身内贔屓に目を曇らせてはいけません。魔法師は常に冷静を心掛けるものです」
「私は目を曇らせてはいません! お兄様の評価が芳しくないのは、評価方法がお兄様のお力にあっていないからです! それに、本来のお力を――」
「深雪!!」
さっきの命令よりも短く、だけど強く達也は深雪に命じた。これ以上は自分たちの自由を失くす事になるからだ。
「ぁ……」
小さくつぶやいた深雪を、達也は少しも見ようとせずに、服部に告げた。
「服部先輩、俺と模擬戦しませんか?」
「何だと……思い上がるなよ、補欠の分際で!」
熱くなった服部に対して、達也はあくまで冷静で、それでいて服部の反応を鼻で笑った。
「何がおかしい!」
「『魔法師は常に冷静を心掛ける』んですよね?」
「「プッ」」
さっき服部が使ったセリフをその本人に向けて達也が言うと、服部の背後から小さく噴出す音が二つ聞こえた。言うまでも無く真由美と摩利だ。
「別に風紀委員になりたい訳では無いのですが、妹の目が曇ってない事を証明する為には仕方ないですね」
「良いだろう、叩き潰してやる!」
「それじゃあ三十分後に第三演習室での模擬戦を開始します。双方にCADの使用を生徒会長として認めます」
「風紀委員長として、この模擬戦が私闘で無い事を証明する」
こうして達也と服部の模擬戦が正式に決定した。不安そうにしていた鈴音もあずさも、模擬戦が決まると楽しそうに移動し始めた。
CADを受け取り、第三演習室に向かう途中、達也は盛大にため息を吐いた。
「はぁ……入学三日目にして、早くも猫の皮が剥がれかけたな」
「申し訳ありません!」
原因は深雪が被っている猫の皮が、意外にも早く剥がれかかった事に対してと、自分がイメージ戦略に使われる事を知ったからだ。
風紀委員に対する二科生からのイメージ向上の為に使われるとは思って無かったのだ。精々魔法分析の為だと思っていた達也は、ますます嫌気が差してきたのだった。
「別に怒ってる訳じゃないさ。入学式の時にも言ったように、お前は俺の代わりに怒ってくれるのだから」
「お兄様……」
場違いに頬を染めている妹に、達也は内心コッソリとため息を吐くのだった。
「君が意外と好戦的で驚いたよ」
「楽しそうな顔で言われても困るのですが……」
準備の為に割り当てられた部屋に、楽しそうな笑みを浮かべた摩利が待っていた。
「それにしても大丈夫なのか? 服部はこの学園でも五指に入る実力者だ」
「真っ向から戦えば勝ち目は無いですが、やりようはいくらでもありますよ」
そう言って拳銃型のCADにカートリッジを差し込む達也。単に別系統の魔法を使いたければ汎用型を使えば良いのだが、達也の処理能力では汎用型は使えないのでこうしてカートリッジを複数持ち歩いているのだ。
「それじゃあ移動しようか」
時間になったので、摩利が先頭で第三演習場に向かう。実力者を相手にするのに、達也はもちろん深雪まで不安そうな雰囲気では無いのを、摩利は少し不思議に思ったのだった。
「それではこれより、二年B組服部刑部と一年E組司波達也による模擬戦を開始する」
風紀委員長である摩利が、細かなルールを説明してる時、壁際では深雪に質問をしている女子が居た。
「服部副会長は二年の中でも指折りの実力者なのですが、司波さんは心配では無いのですか?」
「えぇ、心配はしておりません」
そう答えた後、深雪は心の中でこう続けたのだった。
「(恐らく、この試合はお兄様が一瞬で勝つのでしょうから)」
達也の実力を誰よりも知っていると豪語する深雪は、兄の勝利を信じて疑ってなかったのだった。
次回決着! まぁ一瞬なんですが……