劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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まぁ色々と選択がありましたね……


選択の時

 エレベーターホールからステージ裏へと回る道で、先頭を行く達也と幹比古にずっしりと腹から響くような声が掛けられた。

 

「司波、吉田」

 

 こんな重みのある声を出せる高校生を、達也も幹比古も一人しか知らない。

 

「十文字先輩」

 

 

 振り向いた先から、服部と沢木を従えた克人が歩み寄ってきた。三人とも鱗状に重なりあう小さなプレートで表面を覆った防弾チョッキを着ている。

 

「他の者も一緒か。お前たちは先に避難したのではなかったのか?」

 

「念の為デモ機のデータが盗まれないように消去に向かうところです。彼女たちはその……バラバラに行動されるよりも良いかと思いまして」

 

 

 非公開の会議室で、事実上のハッキングを行った事を隠し、ぞろぞろと引き連れた同伴者を何と説明するか迷い、達也はそんな理由を捏造した。

 

「しかし他の生徒は既に地下通路に向かったぞ」

 

 

 服部のセリフを聞き、達也は眉を顰めた。

 

「地下通路ではまずいのか?」

 

 

 達也の表情の変化を鋭く見て取り、沢木がそう訊いてきた。

 

「まずいという程のことは……ただ地下通路は直通ではありませんから、他のグループと鉢合わせる可能性があります。場合によっては」

 

「遭遇戦の可能性があるということか!?」

 

 

 達也のセリフが終わるのを待たず、服部が勢い込んで質問した。

 

「地下通路では行動の自由が狭まります。逃げる事も隠れる事も出来ず、正面衝突を強いられる可能性も。そう考えて自分は地上を行くつもりだったのですが」

 

「服部、沢木、すぐに中条の後を追え」

 

「ハッ」

 

「分かりました」

 

 

 克人の決断は迅速だった。勢いよく駆け出した二人を見送り、克人は達也を見下ろした。その視線には、軽い非難の色が混じっていた。

 

「司波、お前は智謀の割りにフットワークが軽すぎるようだな……まぁいい。急ぐぞ」

 

「分かりました」

 

 

 今度は克人に達也が続く形でステージ裏まで急ぐ事になった。

 

「何してるんですか」

 

 

 デモ機が放置されたステージ裏へ戻って来て、達也は開口一番自分の事を完全に棚上げした発言をしてしまった。

 そこには鈴音と五十里が避難もせずにデモ機をいじっていて、それを、真由美、摩利、花音、桐原、紗耶香、三十野、平河姉妹、怜美が取り囲んで見守っていた。

 

「データの消去です」

 

「七草たちは避難しなかったのか」

 

「リンちゃんや五十里君が頑張ってるのに、私たちだけ先に逃げ出す訳にはいかないでしょう?」

 

 

 達也が言いたかった事は克人が代弁してくれたが、当然のように返されてそれ以上は何も言えなくなってしまう。

 

「ここは僕たちがやっておくから、司波君は控え室に残ってる機器の方を頼めるかな」

 

「もし可能なら、他校が残した機材も壊してちょうだい」

 

「こっちが終わったらあたしたちも控え室に向かう。そこで今後の方針を決めよう」

 

 

 五十里、花音、摩利から立て続けに指示されて、達也と克人は揃って踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が深雪を伴い他校の控え室を回って戻って来た時には、鈴音たちもステージの作業を終わらせて控え室に来ていた。

 ちなみに他のメンバーを連れて行かなかったのは、情報を記録したパターンを分解して、ストレージを空にしてしまう魔法を見られたくなかったからだ。

 

「お帰り、早かったね」

 

「首尾は?」

 

「残ってた機器は全てデータを破壊しておきました」

 

 

 五十里、花音の婚約者コンビから放たれた問いに、達也は事実のみを答えた。

 

「へぇ……如何やって?」

 

「秘密です」

 

「花音、他の魔法師が秘密にしている術式の事は訊いちゃいけないって。マナー違反だよ」

 

 

 他ならぬ五十里の言葉に、花音は不承不承であることをあからさまな態度に見せながら大人しく引き下がった。

 

「さて、これから如何するかだが」

 

 

 そう口火を切った後、摩利は真由美に目を向けた。

 

「港内に侵入してきた敵艦は一隻。東京湾に他の敵艦は見当たらないそうよ。上陸した兵力の具体的な規模は分からないけど、海岸近くは殆ど敵に制圧されちゃってるみたいね。陸上交通網は完全に麻痺。こっちはゲリラの仕業じゃないかしら」

 

「彼らの目的は何でしょうか?」

 

 

 五十里の提示した疑問に、真由美と摩利が顔を見合わせた。そして答えたのは真由美だった。

 

「推測でしかないのだけど……横浜を狙ったという事は、横浜にしかないものが目的だったんじゃないかしら。厳密に言えば京都にもあるけど」

 

「魔法協会支部ですか」

 

「正確には魔法協会のメインデータバンクね。重要なデータは京都と横浜で集中管理しているから」

 

 

 真由美は花音のせっかちな態度に苦笑いを浮かべながら、彼女の解答を補足した。

 

「避難船は何時到着する?」

 

「沿岸防衛隊の輸送船は後十分ほどで到着するそうよ。でもキャパが十分とは言えないみたい」

 

「シェルターに向かった中条さんたちの方は、残念ながら司波君の懸念が的中したもようです」

 

 

 真由美の後を鈴音が引き継ぎ、結論を摩利が言う。

 

「状況は聞いてもらった通りだ。シェルターの方はどの程度余裕があるのか分からないが、船の方は生憎と乗れそうに無い。こうなればシェルターに向かうしかない、とあたしは思うんだが、みんなは如何思う?」

 

 

 この場に残ってるのは二十一人。克人は鈴音の護衛で残っていた桐原を連れて逃げ遅れた者が居ないかどうかの確認を再開していた。

 三年生は口を閉ざしている。三人は下級生の意見を聞いてから発言するつもりなのだろうし、小春は口を開くべきではないと自覚していたのだろう。

 と言っても彼女たちの意思は摩利の意見に集約されているのは明らかだった。

 

「……私も、摩利さんの意見に賛成です」

 

 

 花音たち二年生も、他に選択の余地は無いはずと考えている様子だった。一高と三高の一年生たちの目は達也に向けられている。

 回答を求める摩利の視線を受けて、彼の目は……全く違う方へ向いていた。抜く手も見せず銀色のCADを構えた。

 

「お兄様!?」

 

「達也君!?」

 

 

 深雪と真由美の驚く声には答えず、達也は壁に向かってそのまま引き金を引いた。この場に第三者が大勢居るという事を達也は一瞬たりとも忘れては居なかった。しかし秘密を守りながら事態に対処するには時間が不足していた。

 気が付いたのは偶然。八雲に鍛えられた直感が彼にそれを教えたのかもしれない。強烈な危機感に曝されて「視野」を壁の向こうへ拡張した達也は、突っ込んでくる大運動量の物体の情報を読み取った。

 克人が居れば状況も違っただろう。兵士が飛び込んで来たのなら、真由美や摩利に任せても良かっただろう。時間があれば深雪に対処させる事も出来た。

 しかしこの瞬間に、装甲板で鎧われた大型トラックの突入に対処出来るのは、達也の魔法だけだった。高さ四メートル、幅三メートル、総重量三十トン。道路規格の向上によって大型化が許された装甲板の重量を更に加えた大型トラックを丸ごと照準に収めて、達也は分解魔法「雲散霧消」を発動した。




千秋は達也側に……したがって今回十三束の出番は無しです。もちろん後々出てきますけどね。

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