劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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230話目です


VIP会議室

 残りの敵兵力を警備の魔法師に任せ、達也とエリカは一旦仲間の所まで戻った。

 

「出る幕が無かったぜ……」

 

「アレくらいアタシと達也君で十分だって」

 

 

 なにやらいじけてるレオの背中をエリカが思いっきり叩き、その所為でレオは苦悶の表情で蹲ってしまった。 

 いっぽうの達也は、幹比古にサムズアップを見せてから、嘔吐を堪えているような表情で少し怯えた目を向けてくるほのかたちに小さく笑いかけた。

 

「すまない。ほのかたちには少し刺激が強かったかな」

 

「――いえ、大丈夫です」

 

「私も……少し驚きましたけども、大丈夫です」

 

 

 ほのかと愛梨が気丈に頷いて見せたのは、やはり恋心の成せる業なのだろうか。理由が何にせよ、気持ちをしっかりと持ってくれているのはありがたかった。

 実際には怖がるのも忌避するのもこの場を切り抜けてからにして欲しいというのが、掛け値無い達也の本音だった。

 

「美月や沓子たちも大丈夫か?」

 

「あっ……私も大丈夫です」

 

「私たちも大丈夫です」

 

 

 達也が視線を向けて声を掛けると、美月は強張った顔に笑みを浮かべて、沓子たちは何時も通りの顔を浮かべて頷いた。彼女たちも頭の良い娘たちだ。今が日常ではないとちゃんと理解しているのだろう。

 

「それにしてもエリカ、良くそんな得物を持ってこれたな? 鞄に入る長さじゃないだろ?」

 

 

 達也が話題を変えたのは、四人に気持ちを落ち着かせる時間を与えるという目的のあっての事だった。

 

「うん、このままじゃ無理だよ? でもこうすると……ねっ?」

 

「ほぅ、これはまた……」

 

 

 何時も以上に砕けた口調で応えたエリカは、ちゃんと達也の意図を察する事が出来ていたのだろう。そしてエリカが見せたものに達也は感嘆を漏らした。

 何となく目を引き付けられていた全員が目を丸くしている。確かに目を丸くするだけの価値があるギミックだった。

 

「凄いでしょ? 来年から警察に納入予定の形状記憶棍刀よ」

 

「そういえば千葉家は白兵戦用の武器も作ってたっけな……」

 

「どちらかと言うと、それが収入のメインなんだけどね」

 

 

 笑いを誘うようなコミカルな会話ではなかったが、軽い口調で言葉を交わす二人の姿に美月たちも落ち着きを取り戻した様子だった。

 

「……それで、これから如何するんだ?」

 

 

 レオも空気を読んでいたのだろう、待ちかねたと言わんばかりの口調で達也に次の指示を求めた。

 

「情報が欲しい。予想外に大規模で深刻な事態が進行しているようだ。行き当たりばったりでは泥沼にはまり込むかもしれない。だがどうするか……」

 

 

 協会に行けば必要な情報は手に入る。魔法協会本部・支部には十師族専用の秘密回線が通っていて、達也も四葉家用の回線にアクセスが出来る。

 だが問題は達也一人なら市街戦の真っ只中であろうと魔法協会関東支部のあるベイヒルズタワーまで十分も掛からないのだが、深雪たちにそれを求めるのは不可能だった。

 

「VIP会議室を使ったら?」

 

「VIP会議室?」

 

 

 眉間に皺を寄せていた達也に、雫が今出てきたばかりの建物を指し示しながら提案した。しかし達也はそのような施設の存在を知らなかった。VIP応接室なら知っていたが、単純ないい間違いとは思えなかった。

 

「うん。あそこは閣僚級の政治家や経済団体トップレベルの会合に使われる部屋だから、大抵の情報にはアクセス出来るはず」

 

「そんな部屋が?」

 

「一般には開放されてない会議室だから」

 

「……良く知ってるわね、そんなこと」

 

 

 エリカが感心した様子でそう言うと、少し恥ずかしそうで、少し得意げに雫が応えた。

 

「暗証キーもアクセスコードも知ってるよ」

 

「凄いんですね……」

 

「小父様、雫を溺愛してるから」

 

 

 ほのかの付け加えた一言で達也は納得した。あの父親ならそれくらいの事はやりそうだと。そして「北方潮」が使う部屋なら、警察や沿岸防衛隊の通信も傍受可能だろう。

 

「雫、案内してくれ」

 

 

 達也の言葉に、雫にしては珍しいオーバーリアクションで大きく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雫のアクセスコードを使ってVIP会議室のモニターに受信した警察のマップデータは、海に面する一帯が危険地域を示す真っ赤に染まっていた。そして赤い領域は彼らが見ている間にも内陸部へと拡大している。予想を超えて悪化している状況に、達也は無意識に顔を顰めた。

 

「お兄様……」

 

 

 友人たちが派手な反応を見せていたので目立たなかったが、深雪が気付かない訳が無い。不安に瞳を揺らす妹の頭をポンポンと撫でて、達也は友人たちへと向き直った。

 

「改めて言わなくても分かってるだろうが、状況はかなり悪い。この辺りでグズグズしていたら国防軍の到着より早く敵に捕捉されてしまうだろう。だからといって、簡単には脱出出来そうに無い。少なくとも陸路は無理だろうな。何より交通機関が動いてない」

 

「って事は海か?」

 

 

 レオの質問に達也は首を横に振る。

 

「それも望み薄だな。出動した船では全員を収容出来ないだろう」

 

「じゃあシェルターに避難する?」

 

 

 幹比古の提案に達也は頷いたが、その顔からは今一つ自信が窺えなかった。

 

「それが現実的だろうな……。ここも頑丈に作られているとはいえ、建物自体を爆破されてはどうにもならない」

 

「じゃあ地下通路だね」

 

 

 エリカが今にも駆け出しそうな顔で促したが、達也はそれに待ったを掛けた。

 

「いや、地下は止めておいた方が良い。上を行こう」

 

「えっ、何で? ……っと、そうか」

 

 

 理由を説明する前に納得顔を見せたエリカに、「さすが実戦魔法の名門だな」と達也は口に出さずに感心した。

 ただ彼の待ったはそれだけではなかった。

 

「それと、少し時間をもらえないか?」

 

「それは構いませんが……何故ですか?」

 

 

 一刻を争うと誰の目にも明らかな状況で猶予を言い出した達也に、ほのかが首を傾げて理由を訊ねる。それでも「イエス」が前提になっているところが、彼女の達也に対する感情のあり方を物語っていた。

 

「デモ機のデータを処分しておきたい」

 

「あっ、そうだね。それが敵の目的かもしれないし」

 

 

 幹比古のフォローに、全員が頷いた。

 

「雫、ありがとう。この場所は非常に役に立った」

 

「ん」

 

 

 達也のお礼に誇らしげな表情を見せる雫。そして彼女の目は何かを求めてるように達也に向けられていた。

 

「……まぁ仕方ないか」

 

 

 実際に役に立ったのだし、これくらいの要求は仕方ないと達也が誰に言い訳するでもなくつぶやき、彼女の髪を優しく撫でる。彼の背後から鋭い視線が七本突き刺さっていたのだが、それには気付かないフリをし続ける達也なのであった。




雫に甘えられたい……

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