劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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あの映像は凄かった……色々と


衝撃の事態

 明確な殺意を以って放たれた弾丸は、達也を打ち抜く……はずだった。だから余計に人々の受けた衝撃は大きかった。胸の前で何かを掴み取ったように握りこまれた右手。達也に生じた変化はただそれだけだった。彼の身体からは一滴の血も流れていないし、放たれた銃弾は壁にも床にも天井にも、何処にもその痕跡を残していない。

 目の前の光景が信じられず、引きつった顔をした男が二発目、三発目の銃弾を放つ。その都度コマ落としのように達也の右手が位置を変える。その手が早すぎて第三者には彼が何をしているのか見えていない。

 気が付いた時には、右手の位置が変わっており、その手は変わらず何かを掴み取っているかの如く握りこまれている。

 

「弾を、掴み取ったのか……?」

 

 

 誰かが呆然とつぶやいた。

 

「いったい、如何やって……?」

 

 

 誰かが呆然と、そう応えた。

 

「化け物め!」

 

 

 その男が銃を投げ捨てたのは、パニックによるものだ。魔法で銃弾を防ぎ止めるなら兎も角として、手で掴み取るという非常識に直面して、銃が役に立たないと錯覚した結果だ。

 それでも戦意を失わず、大型のコンバット・ナイフを抜き放ち達也に斬りかかって事が、この男が高いレベルで訓練された兵士である事を物語っている。

 しかしそれは、更なる驚愕を呼ぶ行為だった。

 襲い掛かってきた男に向けて逆に間合いを詰めた達也は、握りこんでいた手を開き手刀の形に変えて、ナイフを持つ腕に打ち込んだ。

 そして達也の手刀は、何の抵抗も受けずに男の腕を斬り落とした。

 

「ぎゃっ」

 

 

 男の口から悲鳴が迸りかけたが、悲鳴に変わる前に、達也の左拳が男の鳩尾にめり込んだ。

 右腕の断面から一際勢い良く鮮血が溢れ、達也の服を汚す。それが男に出来た唯一の反撃だった。

 足元に崩れ落ちた男に一瞥もくれず、達也は軽く後ろ向きに跳んで再び深雪を背中に庇う。

 予想外の、想像もつかない光景に、観客も侵入者も等しく固まった。動きを止めただけではなく、思考まで止まっていた。唯一人の例外を除いて。

 

「お兄様、血糊を落としますので、少しそのままでお願いします」

 

 

 静まり返ったホールに、深雪の小さな声は隅まで通った。動揺の欠片も無い声。セリフを「埃を落とします」に変えても何の違和感も無い声色、その声を合図にして、止まっていた時間が動き出した。

 

「取り押さえろ!」

 

 

 舞台の両袖から共同警備隊のメンバーが一斉に魔法を放った。回避の反応を見せた侵入者もいたが、九校から選抜された手練の魔法に、一人残らず封じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪の魔法で血だまりが乾燥し赤黒い粉に変わったのを達也が見て、振り返ると深雪はニッコリを笑っていた。

 彼の僅かな表情の変化を察知して魔法を発動した妹に、達也は無意識に笑みを浮かべた。そこへ……

 

「達也君!」

 

「達也!」

 

 

 同時に彼を呼ぶ少女と少年の声。エリカとレオ、その後ろには幹比古、美月、ほのか、雫、エイミィが続き、達也と深雪を囲むようにして集まった。

 

「手は!? お怪我はありませんか!?」

 

「そ、そうですよ! 達也様、手は大丈夫なのですか!?」

 

 

 エリカとレオを押しのけて心配そうな声でほのかが問うと、フリーズしていた愛梨も心配そうに身を乗り出してきた。

 

「大丈夫だ、問題無い」

 

 

 右手を挙げ二回、三回と閉じたり開いたりをして見せて二人を安心させる。実際に掴み取った訳ではなく銃弾の本体と運動ベクトルを分解して銃撃を無力化しただけなのだが、そんな事は言えるはずも無いのだ。

 いったい如何やって? と幹比古と雫が視線で達也に問いかけていたが、達也は訊かれていない事まで答えるつもりは無いのだ。

 

「それにしても随分と大事な事になってるけど……これから如何するの?」

 

「逃げ出すにしても追い返すにしても、まずは正面の入り口の敵を片付けないとな」

 

 

 うれしそうだな、というツッコミが喉元まで出掛かったが、達也が伝えたのは当面の方針だった。

 

「待ってろ、なんて言わないわよね?」

 

「……別行動して突撃されるよりマシか」

 

 

 それは本当に「マシ」というレベルの消極的な同意でしかなかった。だから、エリカやほのかばかりか、美月や雫、愛梨たち三高女子四人まで喜色を顕したのを見て、達也は「勘弁してくれ……」と思わずにはいられなかった。

 とはいえ今は緊急事態で、落ち込んでる暇など無い。達也は先頭に立って出入口へと向かった。

 

「待って……ちょっと待て、司波達也!」

 

 

 だが彼らを混乱を隠せず、そして何処か必死な声が呼び止めた。

 

「いったいなんだ、吉祥寺真紅郎」

 

 

 愛想の欠片も無い声で達也が訊き返す。しかし不機嫌丸出しの口調に怯んだ様子も無く、おそらく怯むだけの精神的余裕が無く、吉祥寺は達也の問い掛けに質問で応じた。

 

「今のは『分子ディバイダー』じゃないのか!? 分子結合分解魔法は、アメリカ軍スターズ前隊長・ウィリアム=シリウス少佐が編み出した秘術。分子結合を弱める中和術式と違って、分解術式の方はアメリカ軍の機密術式のはずだ! それを何故使える!? 何故知っているんだ!?」

 

 

 知識があるが故の完全な誤解なのだが、達也にとっては好都合だった。

 

「そんな事言ってる場合か」

 

 

 故に殊更、目をむき出しに糾弾の語調で繰り出される詰問を、達也は呆れ声で切り捨てた。今更隠す必要も無いと言っているような口調で。

 事実は違うのだが、達也にそれを説明する義理は無い。

 

「七草先輩。中条先輩も、この場を早く離れた方が良いですよ。そいつらの最終的な目的が何であれ、第一の目標は優れた魔法技術を持つ生徒の殺傷、または拉致でしょうから」

 

 

 様子を見に来たのだろう、丁度舞台袖から顔を出した真由美と、審査員として最前列に座っていたあずさにそう忠告して、達也はその場を後にした。

 達也に突き放された形となった吉祥寺は、自分の誤解を達也が正す事無く、さながら事実だと言っているように聞こえる口調で返されて混乱していた。

 

「(何故分子ディバイダーの術式を司波達也が知っているんだ……例えアメリカ軍に知り合いが居たとしても手に入らないはずなのに……)」

 

 

 知識がありすぎるが為に起きた誤解なのだが、彼には別角度から物事を分析出来るほど余裕が残されてなかったのだ。目の前で起きた光景を、これだと信じ込んでしまったからなのだが、それはある意味で仕方の無い事だったのかも知れない。




ハーレムですね、完全に……カップルが一組ありますけど……

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