劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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永久就職でも良いんじゃ……


友人の進路先 その2

 だが魔法大学受験を視野に入れ始めた頃から、魔法大学以外の進学先もいろいろと調べ、その結果レスキュー大を第一志望に決めたのだった。魔法が入試に使えないのは、レオにとって全く問題にならない。今でも硬化魔法以外の魔法は苦手なのだ。体力測定やアスレチック実技が試験に含まれるレスキュー大の方が、レオにとっては余程有利だった。

 

「何か、俺たちとは別の手続きがあるってことか」

 

「詳しくは知らん。それとな……、前回の呼び出しは校長じゃない。教頭だ」

 

「大して違わないだろ」

 

 

 レオの質問にぶっきらぼうに応え、前回の呼び出しの相手を訂正した。レオはそう言うが、最終決定権者である校長からか教頭の指導では随分意味合いが違う。特に用件は、魔法大学から依頼を受けて達也が何を学びたいのか聴取するという内容で、所謂「呼び出し」とはかなり性質が異なる。そのことをレオに反論しようとしたところで、F組の前を通り過ぎた。

 

「じゃ、また後でな」

 

「ああ」

 

 

 引き止める程でもない。達也はレオと別れ、E組の教室に入った。E組の生徒は、もう六割以上が教室にいた。

 

「達也さん、おはようございます」

 

「おはよう、美月。皆、結構来ているんだな」

 

 

 隣の席から美月が挨拶をし、挨拶を返すついでに、達也はさっきから疑問に感じていたことを口にした。

 

「学校内でしかできないことも多いですから。それにクラブのことも気になりますし」

 

 

 なる程、と達也は思う。その可能性は見落としていた。言われてみれば、という感じだ。巳焼島のような一種の治外法権領域で暮らしていると忘れがちになるが、市街地での魔法の使用は厳しく制限されている。巳焼島は四葉家が実質的に支配しているので魔法を使っても咎められない。むしろ魔法を日常的に使用するのが当たり前になっている。しかし普通は、許可なく魔法を使うと警察による取り締まりの対象になる。

 美月の場合は、魔法を使うというよりももう一つの理由で登校しているのだろう。彼女は美術部員だ。仕上げが残っている作品があるのか、後輩の指導に熱を入れているのか。本人の弁に依れば、絵を本格的に始めたのは高校に入ってから、らしい。進学先も絵に関係する所だ。

 彼女は魔法大学に進学しなかった。元々美月は自分の目をコントロールできるようになることが目的で一高に入った。魔法師として希少な才能の持ち主だが、美月自身は魔法技能にそれ程拘りは無く、魔法師になりたいという意識も薄かった。高校で満足な成果が得られなければ多少無理をしてでも魔法大学に進学することを視野に入れていた美月だが、彼女は自分の「視力」をほぼ完全に制御できるようになっている。今でも霊子光を遮断する眼鏡を掛けているが、既に日常レベルでは眼鏡無しでも問題の無い域に達している。霊子放射光過敏症に関して言えば、去年の九月時点で魔法大学に進学する意味は無くなっていた。

 進学という点でもう一つ言えば、三年生の二学期時点で美月が魔法大学に合格できる可能性は低かった。筆記試験は合格ラインを超える実力があったのだが、実技が合格ラインに届いていなかった。それでも無理をすれば何とかなるかもしれないレベルだったが、美月自身よりも彼女の両親が魔法大学受験に反対した。その結果、美月が進路に選んだのはデザインの専門学校。その中でCGを専攻するコースをチョイスした。この時代、人々の意識の中に大学と専門学校の優劣は無い。大学自体の専門化が進んでいて、職業に直結する教育の比率が高まっている。業界によっては「大卒は採用しない」と公言する企業もある程だ。

 ただ美月は、魔法と完全に縁を切るつもりも無かった。魔法の勉強は大学以外で続けることになっている。現代魔法学は傾向として、知覚系の技術より作用系の技術に重きが置かれている。魔法大学の教育もこの傾向に従って、作用系の技術を中心にカリキュラムが組まれている。美月が得意とする知覚系の技術に関する知見は、現代魔法の専門家よりもむしろ古式魔法師の間で多く蓄積されている。ただ理論化が進んでいないだけだ。魔法大学に進学することが決まっている幹比古は、大学の勉強とは別に古式魔法の理論化、体系化に取り組むつもりだ。美月はその手伝いをすることになっていた。彼女が水彩画や油彩画ではなくCGデザインを選択したのは、一つには古式魔法で使われている呪字や魔法陣などのシンボルを写真ではなく描かれたものとして記録するという目的があった。おそらく美月は、専門学校卒業後も幹比古と二人三脚で歩んでいくに違いない。

 

「あの、達也さん……。私の顔に何か付いていますでしょうか……?」

 

 

 美月が不安げな表情で達也に問いかける。つい微笑ましい気分で美月を見ていたことに気付かれてしまったようだ。

 

「いや、もう卒業間近だというのに、クラブの為に学校に来ているなんて、後輩思いなんだなと考えていただけだ」

 

「そ、そんなこと無いですよ! い、嫌ですね、いきなり」

 

 

 美月が赤面してわたわたと両手を振る。彼の言葉をまるで疑っていない反応に、達也の視線はますます生温かなものとなった。




美月は人を疑うことを覚えた方が良い……

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