魔法大学から警察に就職する者も多い。夏休みが終わった直後からエリカは、警察官を多く輩出する武道が盛んな一般大学のOBと、警察官僚になった魔法大学のOBから勧誘を受け、両社の綱引き状態になっていた。そんな状態だったエリカだが、卒業間近になってようやく進学先を決めたようだ。
「良かった。じゃあ、四月からも一緒ね」
「うん……」
深雪の言葉に、エリカが少し照れたように笑う。魔法大学に進学できるとは思わなかった、というのは嘘偽りのない彼女の本音だったのだろう。
「私もよ。よろしくね」
「リーナ、本当にアメリカには帰らないんだね。こちらこそよろしく」
「当然でしょ?」
リーナは以前から「このまま日本の魔法大学に進学する」と明言していた。しかしエリカは、リーナがスターズに戻りたがっているのではないかと思っていたので、達也との婚約は破棄するのではないかと考えていた。もちろんそんなことは無く、リーナはこのまま『司波』姓を名乗るのを楽しみにしているのだった。
達也の魔工科クラスはE組。深雪とリーナはA組、。そしてエリカはF組。水波はそもそも学年が違う。五人は昇降口でそれぞれに分かれることとなる。E組とF組の教室は隣同士。達也とエリカは、それぞれの教室まで肩を並べて上っていた。
「ところでさ。さっきの話、達也くんはどうするの?」
「前から言っている通りだ。魔法大学に進学する予定は変わらない」
エリカの質問に達也は「何故今更そんなことを聞く?」という顔で答えた。
「魔法大学に行くのは知ってるけど、達也くんの場合それだけじゃないでしょ?」
「ああ、そういう意味か」
しかしエリカの答えに、達也の表情が納得顔に変わる。
「うん、そういう意味。恒星炉の研究を優先するの? それとも軍の仕事?」
エリカは達也が国防軍を辞めたことを聞かされていない。辞めたといっても元々正規の士官ではないのだが、一年生の秋に起こった横浜事変の印象が強すぎて、達也は国防軍の一員だという思い込みが拭い去れないのだ。
「しばらくは研究だな。実現しなければならない課題が多すぎる」
「へぇ……。じゃあ大学も、あんまり通えそうにない?」
「どうだろう。学びたいことも多いし、なるべく出席するつもりだが」
「真面目ねぇ。いや、貪欲なのかな」
「普通だろう」
エリカは呆れ気味だが、この時代の若者として達也の態度は珍しいものではない。技術は日々進歩している。技術の進歩に適応すべく、社会制度の変化のスピードも速い。魔法大学に限らず、昨今の大学生に遊んでいる余裕は無いのだった。――無い余裕を遣り繰りして社交に励むのも、今時の大学生なのだが。
「よっ、達也。久しぶり」
もうすぐF組の教室という所で、廊下で別の生徒と喋っていたレオから声がかかる。
「おはよう、レオ」
達也がレオに挨拶を返すと、横を歩いていたエリカが「それじゃあね」と小声で手を振って教室の中に入っていく。顔を合わせれば口喧嘩になっていた以前に比べれば格段の進歩だ。レオと喋っていた女子生徒も達也に会釈して離れていく。階段へ向かっていったので下級生かもしれない。
「邪魔したか?」
「何言ってんだ。声を掛けたのは俺の方だぜ」
それもそうか、と達也は思った。相手が女子生徒だったという点を彼は気にしていたのだが、レオは後輩に人気があると聞いている。きっと、惜しむ程の機会ではないのだろう。
「えっと、二週間ぶりくらいか」
「ちょうど十日ぶりだな」
「そっか。今日はどうしたんだ。また校長に呼ばれでもしたのか?」
レオのセリフを達也は細かく訂正した。別に悪意からではなく何となくだ。レオは特に気にした様子も無く、そう尋ねてきた。レオの質問に、達也は軽く顔を顰めた。
「校長じゃない、事務長に呼ばれた、どうしても自筆の署名が必要らしい」
「そんなんあったかなぁ……? まっ、達也の場合は色々特殊だからな」
特殊と言えば、レオが選んだ進路も特殊だ。結局彼は、魔法大学に進学しなかった。彼が選んだ進学先は『克災救難大学校』。通称『レスキュー大』。第三次世界大戦後、わが国では国防軍を防衛任務に専念させる為、従来軍が担っていた大規模災害時の救助活動を専門で担う救助部隊が消防や警察の救助部隊とは別に組織された。名を『克災救難隊』。通称『日本レスキューコーア』。あるいは単に『レスキューコーア』。年月を重ねるに連れてレスキューコーアは海難救助や山岳救助にも守備範囲を広げ、今では消防や警察の仕事の一部を肩代わりするまでに成長している。
『克災救難大学校』は名前から分かる通り、レスキューコーアこと『克災救難隊』の為の高度人材育成を目的とする教育機関である。位置づけは防衛大に近い。だが防衛大と違い、魔法科高校生が進学するのは稀だ。災害時の救助活動には魔法師も活躍するが、レスキュー大で教えるのは機械テクノロジーを活用した、魔法に頼らない救難活動の技術である。入試も、魔法が使えるからと言って有利にはならない。レオは元々、山岳警備隊を進路として考えていた。山岳部に所属していたのも、この進路志望があったからだ。進学はせず、直接警察に入るつもりでいたのだ。
レオなら活躍できるでしょう