劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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魔法ありきの光宣じゃ敵わないよな


身体能力の差

 しかし、『疑似瞬間移動』が完了した光宣が振り向いた時には既に、達也が光宣へと迫っていた。達也は『鬼門遁甲』の効果が消え失せたのを即座に感知した。

 

「(鬼門遁甲を中止した? 罠か? いや……)」

 

 

 偽装の一つを解いて、何を仕掛けようというのか。術が破られてしまった状況なら兎も角、『鬼門遁甲』はまだ達也の感覚を惑わし続けている。『鬼門遁甲』単体なら『術式解散』で無効化することはそれ程難しくないが、それだって一手間を要する分、攻撃が一手遅れてしまう。『仮装行列』と組み合わさると、厄介度はさらに上がる。

 達也にしてみれば『仮装行列』対策に集中できるので、『鬼門遁甲』の中断は戦い易さの点でありがたい。しかし光宣の意図が分からないのは不気味だった。

 

「(……迷うな。俺を迷わせることが目的だという可能性もある)」

 

 

 達也は自分にそう言い聞かせて、思考の迷路に足を踏み込む前にそれを回避する。光宣が魔法を使った気配が達也の感覚に引っ掛かった。『精霊の眼』で「視」たのではない。八雲から繰り返し『精霊の眼』に頼り過ぎるなと指導されている成果だった。

 気配を頼りに振り返る。およそ五メートル先に達也は魔法による事象改変を認めた。慣性質量が急激に変化した痕跡だ。物理学者ならば、重力波と表現したかもしれない。魔法師である達也は、加重系・慣性制御魔法の余波と捉えた。

 

「(疑似瞬間移動か? ならば光宣はあそこだ)」

 

 

 位置情報を信じるならば、光宣は先程から動いていない。だが光宣が自分の情報を偽装しているのは、今更言うまでもないことだった。達也はフラッシュ・キャストで自分の身体に掛かる慣性を軽減し、疑似瞬間移動が終了したと見られる場所に向かって地を蹴った。上空に魔法の発動兆候が生じたが、光宣がいると推定される場所はもう目の前だ。

 達也は慣性軽減を解除し、目に頼らず先程魔法の痕跡を発見した際の、記憶の中の距離感だけで右足を強く踏み込んだ。掌底順突きの形で右手を突き出す。その手は確かな手応えを得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光宣の眼前に突如、達也が出現する。光宣に驚きはあったが、不思議には思わなかった。慣性制御による自己加速魔法を使ったのだと、すぐに推測できたからだ。考えるだけで、対処はできなかった。

 達也の右手が自分の胸に伸びているのは見えている。だが肉体を鍛えていない光宣は、達也の掌底突きを躱すことも防ぐことも不可能だった。それでも心の一部に、楽観が残っていた。

 パラサイト化した光宣は、強い自己治癒力を持っている。肉体的なダメージを負っても、それで動けなくなることは無いはずだ。むしろ密着状態は光宣にとってもチャンスになる。発動中の魔法『青天霹靂』を自爆覚悟で放てば、自分もダメージを受けるだろうが、ただの――妖魔も混ざっておらず強化措置も受けていないという意味で――人間でしかない達也の方が被害は大きいに違いない。光宣はそう思っていた。

 しかし、ことはそう単純では無かった。達也の突きは電光のように鋭かった。だが光宣には何故かそれが、ゆっくりと見えていた。身体はまるで反応できていない。魔法の発動も、まるで追いつかない。ただ認識だけが達也の技を追い掛ける状態だ。

 達也の手が光宣の身体に届く直前。まだ触れていないにも拘わらず、光宣の全身に衝撃が伝わる。痛みではない。物理的な感覚ではなかったが、敢えて言うなら波だ。皮膚の上を波紋が走り抜けていったような感覚。

 

「(仮装行列が破られた!?)」

 

 

 加速した思考が、その感覚の正体を認識する。達也の掌に先立ち、彼が纏う濃密な想子が光宣の肉体と重なる想子情報体に圧し入り、光宣の身体に掛けられていた『仮装行列』の魔法式を吹き飛ばしたのだ。無論、それで終わりではない。

 達也の掌底が光宣の胸を突く。今度の衝撃は痛み。そして息ができない苦しさが光宣を襲う。肺の中から空気が押し出されただけではない。心臓が一瞬停止し、血の流れが止まる。それは単に、細胞が活動に必要とする酸素を得られないという肉体の代謝に関わる問題だけではなかった。達也の想子が心臓から血管を通して全身に巡り、光宣自身の想子情報体に拒絶反応を引き起こした。

 光宣の手足が激しい痙攣に見舞われる。いや、手足だけではない。仰向けに倒れた胴体は水揚げされたエビのように屈伸と伸展を繰り返して草の上を跳ね、頭はその動きに逆らうように前後に振られる。肉体から遊離していた認識も、身体と同じ混乱に見舞われてホワイトアウトしていた。達也が光宣の腰の辺りを跨ぎ、前屈して彼を覗き込んでいる。その両目は光宣の顔ではなく胸の中央、心臓の位置に狙いを定めている。たった今、掌底突きを撃ち込んだ箇所のすぐ横だ。

 屈み込んだ達也が左手で光宣の右胸を押さえ、右手を引き絞る。ただし今度の彼の右手は、掌底ではなく貫手の形に構えられていた。力尽きたように光宣の痙攣が治まる。ただまだ、意識の方は回復していない。光宣はぼんやりした焦点の合わない目で、自分の胸を抉ろうとしている達也を見上げていた。




普通なら達也の勝ち

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