劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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何故気付かないんだろうか


眼の違い

 有利な戦況のはずであるにも拘わらず心の奥底から頭をもたげる不安を強引にねじ伏せ、光宣は二匹目の『雷獣』を解き放った。解き放とうとした。しかしその魔法は、不発に終わる。

 

「(魔法を破壊された!?)」

 

 

 光宣が失敗したのではない。周公瑾から受け継いだ崑崙方院製の魔法は、確かに発動した手応えがあった。それに、時間も設備も不十分な船上で作った使い捨ての令牌は空になっている。

 

「(術式解散!?)」

 

 

 光宣は慌てて、魔法的な「眼」で自分の身体を見下ろした。

 

「(仮装行列は維持されているのに、何故!?)」

 

 

 魔法が発動した直後なら『仮装行列』で偽装している自分の居場所を見抜かれるのも分かる。『雷獣』で電流の通り道を作るというコンビネーションの構造上、『雷獣』は自分の正面から放たなければならないし、雷撃魔法は自分の手許から撃ち出さなければならない。化成体の出現地点や雷撃の発射点を見れば、そこに光宣がいると推測できる。

 だが今、化成体を形成しようとしていた魔法式がかき消された。想子の砲弾を浴びたわけでも想子の激流に曝されたわけでもない。令牌の上に出力されていた魔法式を、直接破壊されたのだ。

 光宣の知識にある魔法技術の中でこんな真似ができるのは『術式解散』のみ。そして光宣の知る限り、実戦で『術式解散』を使えるのは達也だけだ。

 

「(でも術式解散は魔法式の正確な座標が分からない限り撃てないはず。まさか、仮装行列を破壊せずに無効化している?)」

 

 

 光宣はまだ、自分の『精霊の眼』と達也の『精霊の眼』の違いを知らない。過去の位置情報から現在の座標を割り出されているとは、光宣には想像もつかないことだった。

 立ち止まっていた達也が、再び光宣に向かって走り出す。光宣は焦りを抱えながら、達也に照準を絞って『鬼門遁甲』を掛け直した。

 『鬼門遁甲』は本来受動的な魔法だ。魔法的なマルウェアと言い換えても良い。見る、聞く、探る、調べる。意識と知覚を向けるということは、その先にある対象の情報を自分の中に取り込むということだ。『鬼門遁甲』は魔法のシステム的に言えば、自分が反射している光=視覚的な情報と自分が放っている音=視覚的な情報、それぞれのエイドスに方位を誤認させる魔法式を付加して、自分を見た者、自分が発する音を聞いた者の意識にその魔法式を感染させる魔法だ。肉眼かカメラか、直接聞いた音かマイクで拾った音かは問わない。視覚情報、聴覚情報を取り込んだ者の意識に干渉する。

 このシステムの性質上、『鬼門遁甲』は誰かを狙って能動的に仕掛けることは想定されていない。達也を狙って『鬼門遁甲』を放つ真似ができるのは、光宣の魔法センスがパラサイト化した今でも卓越しているからだった。

 しかしそのセンス故に、光宣は衝撃的な事実に気付いてしまう。今の達也には、物理現象に働きかける魔法だけでなく、精神に働きかける能動的な系統外魔法も効かない。『鬼門遁甲』が効いていたのは、あくまでも受動的な魔法だったからだ。普段から達也が系統外魔法を受け付けないということは無いだろう。しかし今、達也が全身を包む形で纏っている想子の鎧は、物質次元だけでなく情報次元にも濃密・均等に展開されている。

 想子は情報を媒介する非物質粒子。情報次元に囚われないのは当たり前だし、物質次元において「想子に包まれている」という情報が情報次元でも再現されるのは、情報を媒介する粒子として当然と言える。しかしその再現された想子層が、情報次元を通じて精神に作用する系統外魔法まで遮断しているとは、光宣には予測できなかった。おそらく達也にとっても、能動的系統外魔法遮断の効果は予期せぬ副産物だったに違いない。

 今の達也には、自分から取り込んだ情報を通じて作用する通常の、受動的な『鬼門遁甲』しか通用しない。だがそれも『術式解散』で無効化されてしまう可能性が高い。視覚情報、聴覚情報をフィルタリングして認識することが『精霊の眼』には可能だ。『鬼門遁甲』は見続けること、聞き続けることで継続的に作用する魔法で、一回の持続時間は極短い。いったん視覚、聴覚を遮断すれば、『鬼門遁甲』の魔法式を認識するのは難しくない。

 光宣は『鬼門遁甲』が当てにできないことを理解した。達也がこの攻略法を知っているかどうかは分からない。もしかしたら、まだ気付いていないかもしれない。しかし分かってしまった以上、光宣は『鬼門遁甲』に頼る気にはなれなくなっていた。

 光宣は『仮装行列』を更新し、続けて『疑似瞬間移動』を発動した。自分の虚像をその場に残したまま、光宣の身体は達也の斜め後ろ五メートルの位置へ瞬時に移動する。移動が完了した直後、タイムラグ無しで放出系魔法『青天霹靂』を放つつもりで、魔法式構築の準備をした上での『疑似瞬間移動』だった。

 『青天霹靂』は空気をプラズマ化し、そこから抜き出した電子シャワーを攻撃対象に浴びせる魔法だ。負に帯電した攻撃対象は次に、取り残されていた陽イオンの奔流に曝されるという二段構えの攻撃になる。

 魔法の発動地点は地上三百三十三センチ。東亜大陸尺で一丈だ。達也の身長は百八十二センチ。彼が纏っている『接触型術式解体』の及ぶ高さはプラス五十センチ。『青天霹靂』は対抗魔法に阻まれること無く、達也を狙撃できるはず――だった。




達也が自分より二センチくらい大きいってここで知った

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