劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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これくらいはできて当然だと思うんだが……


接敵

 八月二十五日、日曜日の夜。光宣が達也を呼び出した先は、去年まで九校戦のモノリス・コード草原ステージとして使われていた場所であり、もうすぐ実施される交流戦でも試合会場になる予定地だった。既に整地は終わっている。今年の交流戦では観戦席を建設する予定は無いので、あとはモノリスを据え付けるだけで試合が可能な状態だ。今日は日曜日ということで、会場の設営作業は行われていない。しかも時刻はもうすぐ午後十時。辺りに人影は全く無かった。

 とはいえここは国防軍の演習場敷地内だ。侵入防止柵もあれば監視装置も設置されている。警衛隊も定期的に巡回している。そう簡単に立ち入れる場所ではない、はずだった。

 ところが達也の運転する自走車は演習場のゲートでIDの提示を求められもせず、ほぼ顔パスで通過できただけでなく、駐車場から招待された草原まで一度も巡回の兵士に会わなかった。

 

「ねえ、いくら何でも変じゃない?」

 

「達也様、これは……」

 

 

 気味悪げに漏らしたリーナのセリフを受けて、深雪が険しい表情で達也に話しかけた。

 

「ああ、光宣の仕業だろうな」

 

 

 リーナが驚愕を露わにして達也の顔を凝視する。

 

「精神干渉系魔法で操ってるってこと!? こんなに広い範囲を!?」

 

「光宣の中にいる周公瑾は方向感覚を狂わせる鬼門遁甲という東亜大陸流古式魔法を得意にしていた。特定の誰かではなく、自分に意識を向けた不特定多数の方向感覚を狂わせてしまう魔法だ。おそらくその応用で、警備の兵士が俺たちに出会わないようにしているんだろう」

 

「不特定多数の相手って、そんなことができるの!?」

 

「君のパレードだってそうじゃないか、情報体偽装の効果は相手を限定せずに及ぶ」

 

「それは、そうだけど……。じゃあゲートは!? ゲートの歩哨は私たちのことを認識していたわよ?」

 

「あれはまた別の魔法だろう。俺たちを中に通すことに疑問を持たない、といった類いの暗示が掛けられていたんじゃないか。せっかく準備してきた許可書が無駄になってしまったな」

 

 

 達也は演習場に隣接する基地内へ合法的に入る許可書を用意していた。しかしそれは、結果的には不要となった。……まぁ達也にすれば、半日で手に入れた物だからそれほど残念でもなかった。

 それ以上聞きたいことは、リーナには無かったようだ。四人は沈黙のまま、招待状、あるいは果たし状に指定された場所で足を止めた。待つ必要はほとんど無かった。

 達也たちが歩いてきたのとは反対方向、闇の向こう側から光宣とレイモンドが姿を現す。およそ五メートル。話をするには少々遠い距離で足を止めた光宣の視線が一秒足らずの短い時間、達也の左斜め後ろに立つ三人の内、水波の上で固定された。だが光宣はすぐに、達也へ目を向け直した。

 

「達也さん。昨日の今日にも拘わらず、来てくださって嬉しく思います」

 

「来ないという選択肢は無かった。俺も光宣に用があったから」

 

 

 達也が振り返り、水波を一瞥する。態とだろうが、分かり易い視線の動きだった。

 

「何の用だか、当然分かっていると思う」

 

「ええ、わかります。水波さんの魔法演算領域を封じているパラサイトを取り除け、と仰りたいんでしょう?」

 

「そうだ。光宣、お前は水波が自分の意思で受け容れない限り、パラサイトにはしないと言っていたな」

 

 

 達也の糾弾に、光宣は妖しく微笑んだ。

 

「水波さんのオーバーヒートを防いでいるパラサイトは完全な休眠状態にあります。僕が命じない限り、水波さんがパラサイト化することはありません」

 

「お前の自制心を信じろと言うのか?」

 

 

 光宣の笑みが妖しさを増す。夜の闇が似合うその笑みは、思わず魅入られてしまう美しさを備えていた。それは、完全に人外の美だった。

 

「信じられないでしょうね。正直に言って、自分でも百パーセントは信じられません」

 

「光宣、お前……」

 

「達也さんには分からないでしょう。愛する人と共に生きていくことを許された貴方には」

 

「光宣君、貴方……」

 

 

 深雪が哀しげな呟きを漏らす。

 

「達也さんの人生が順風満帆だったなんて、思ってはいません。一年の四分の一を病床で過ごし、残りの四分の三も危険なことなどさせてもらえなかった僕には想像もできない陰惨な経験だってしてきたんだと思います。そうでなければ、あんな風に世界と戦おうなんて思えないでしょうから」

 

 

 光宣の顔から笑みが消え、言葉にできない何かを呑み込んだような表情がその美貌を過る。

 

「でも達也さんは一人じゃない。過去のことは知りませんが、現在と未来は、一人じゃない」

 

「……だからお前も、一人は嫌だと?」

 

 

 達也の問いかけに、光宣は頭を振った。

 

「分かっているんです。僕は、一人じゃなかった。今だって、死ぬかもしれないリスクを冒して付き合ってくれる仲間がいる。一人だけですけど」

 

 

 光宣が自嘲の笑い声を漏らした。

 

「こうなってしまったのは誰の所為でもない。僕自身の選択の結果です。僕はそれが間違っていたとは思わない。パラサイトになったのはベストではなかったかもしれないけど、正しい選択だったと今でも思っています」

 

 

 光宣はまるで自分に言い聞かせるように話している。達也の後ろでその話を聞いていた水波には、そう感じられて仕方が無かった。




リーナは本当に戦闘以外は駄目だな……

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