劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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一応話しておかないといけませんから


八雲との電話

 真夜と話が終わった後、達也はすぐに次の電話を掛けた。今度はヴィジホンではなく音声のみの通話だ。

 

『もしもし』

 

 

 コール音が三回繰り返された後スピーカから流れ出す、古典的な応答文句。電話の相手は八雲だ。

 

「達也です。師匠ですか?」

 

『うん、どうしたんだい』

 

「パラサイトの九島光宣とレイモンド・クラークが密入国しました」

 

『月曜日だったかな』

 

「ご存じでしたか」

 

 

 達也に驚きは無い。彼がピクシーを使って光宣たちの反応を見つけたように、八雲がパラサイトの侵入を察知する魔法的な手段を持っていても不思議ではない。むしろ八雲にできないと思う方がおかしいだろう。

 

『今は気配を絶っているようだね。僕に探して欲しいのかい?』

 

「もしかして、既に把握済みですか?」

 

『いや。今のところ行方不明だよ』

 

「今は分からなくても、探そうと思えば探せると。さすがですね、師匠」

 

 

 達也はお世辞ではなく感嘆を漏らした。だがすぐに、引き締まった表情を取り戻す。

 

「しかし今回は光宣の居場所を教えていただく必要はありません」

 

 

 そう前置きして達也は、光宣から受け取ったメールの内容を八雲に打ち明けた。

 

『彼の挑戦を受けるつもりなんだね? 向こうから姿を見せるから、探す必要は無いということかな?』

 

「そうです」

 

『水波くんはどうするんだ。もしかして、連れていくつもりなのかい?』

 

 

 見透かされている。達也はそう感じたが、気にはならなかった。今回は何を考えているか見抜かれても警戒する必要の無いケースだ。

 

「連れて行って、けりを付けます」

 

『九島光宣を滅ぼすということかな?』

 

「……師匠。光宣の件は、俺に任せてもらえませんか」

 

 

 達也は八雲の問いかけに答えることを避けた。

 

『ふーん……』

 

 

 音声のみの通話だから、八雲がどんな表情を浮かべているのかは見えていない。だが音声だけでも、達也の真意を窺う様な顔になっているに違いないと分かった。

 

「師匠にも東道閣下にもご納得いただける結果をお約束します」

 

『だから今回は干渉するな、と言うんだね?』

 

「そうです」

 

『良いよ』

 

 

 予想に反して、八雲の答えはすぐに返ってきた。かえって達也の方が、反応にタイムラグを生じさせてしまう。

 

「……ありがとうございます」

 

『でも、あの方々を納得させるのは難しいよ。東道閣下はご理解くださると思うけど』

 

 

 「あの方々」というのは、横須賀から出国しようとする光宣と水波を達也が追いかけていた最中に、障碍として立ち塞がり本気で戦う羽目になった八雲から、戦闘終了後に聞かされた達也が知らない「国家の黒幕」のことだろう。

 おそらくその「黒幕」と四葉家のスポンサーは同一の存在。達也はそう考えている。八雲に「この国で二番目くらい」と言わせた権力を別にしても、その意向を無視するのが難しい相手だ。それでも達也は、自分が思い描いた結末を変えるつもりは無かった。

 

「大丈夫です。任せてください」

 

 

 ここで大言壮語を吐くことに、躊躇いは無かった。

 

『じゃあ、結果を楽しみにしているよ。全て片付いたら、またこっちに遊びにおいで。深雪くんや水波くんたちと一緒に』

 

 

 八雲のセリフは、ただ単に女子高生に会いたい生臭坊主のように聞こえるが、水波を光宣の手から守って見せろという意味だろうと達也は解釈した。

 

「当然です。水波は大切な家族ですから」

 

『君の口からそんなセリフが聞けるなんて、長い付き合いだけど深雪くん以外でそこまで真剣になったことはあったかい? 前にも言ったが、水波くんは穂波嬢とは違う存在だよ』

 

「分かっています。水波と桜井さんを同じだとは思っていません」

 

『ふーん……』

 

 

 さっきとは違う理由で真意を窺う様な顔になっていそうな音声で八雲が言葉を切る。達也は八雲が何かを発するまで黙っていた。

 

『まぁ、君がそれで納得していて、他の婚約者たちも納得しているのなら良いけど。僕としては、ここに遊びに来る綺麗所が一人減っちゃうのは寂しいし、君が水波くんを一生守ると決めたことは嬉しいことだからね』

 

「……色欲は戒律に反するのでは?」

 

『前にも言ったが、肉欲に繋げなければ問題ないよ。それに、水波くんが僕の相手をしてくれるとも思えないしね』

 

 

 間違いなく人の悪い笑みを浮かべているであろう八雲の表情を思い浮かべて、達也は苦笑いと言うには苦すぎる笑みを浮かべた。

 

『あぁ、僕から一つだけ言っておきたいことがあるんだ』

 

「何でしょう」

 

 

 急に真面目な声音になった八雲につられるように、達也も表情を改める。音声のみなのだが、何時までも苦い笑みを浮かべているわけにもいかないと感じ取ったからである。

 

『たとえ水波くんが君の側にいることを選んだとしても、彼女の中の妖魔を気にする人がいるだろう。その点は分かっているね?』

 

「もちろんです」

 

『それなら良いんだ。君がどんな解決策を用意したのか、後で聞かせてもらうのを楽しみにしているよ』

 

「既にご存じなのではありませんか?」

 

『さてね。それじゃあ達也君』

 

「わざわざお時間をいただき、ありがとうございました」

 

 

 八雲の忠告を今一度胸に刻み、達也は八雲との電話を切り明日に備えることにしたのだった。




この生臭坊主は……

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