劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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手数の違いですかね


察知された入国

 支配の鎖は水波が国境線を越え日本に入国したことによりいったん切れてしまったが、パラサイトを縛る魔法そのものまで消えてしまったわけではない。光宣は隷属の印として与えた魔法的な焼き印のシグナルをたどって、水波の魔法演算領域を封じているパラサイトの状態を確認した。

 

「(杞憂だったか)」

 

 

 光宣は心から安堵した。水波に埋め込んだパラサイトは彼女と別れた時のまま、完全に不活性化したままだ。封印状態も良好。水波の容態が急変したというのは考え過ぎだった。

 それが分かれば無防備な状態を続けている意味はない。光宣はすぐに気を引き締め、予定通り『仮装行列』を念入りに発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光宣が『仮装行列』を発動するより少し前。

 

『マスター!』

 

 

 緊迫した音声のテレパシーが達也の脳裏に響く。ある特定の場合のみシチュエーションを問わず報告するよう命じていたピクシーのテレパシーだ。

 

「すみません、ドクター。少し外させていただきます」

 

 

 達也は建設中の恒星炉をアメリカ技術団と見学しているところだった。技術的なレクチャーは終わっている。案内役は別にいて、達也は単に付き添っているだけだった。

 

「分かりました。私たちの事はお気になさらないでください」

 

 

 達也の申し出に、アビゲイルは事情を詮索せず快く頷いた。スターズの技術顧問をしていた彼女は、突発的な出来事に慣れているのだろう。

 達也は組立工場を出て真夏の日差しの下を歩きながら、ポケットから小型無線機を取り出しピクシーへの通話回線を開いた。

 

「捉えたのか?」

 

『西方海上にパラサイトの波動を感知しました。一瞬で見失ってしまいましたが、間違いありません』

 

「詳しい位置は分かるか?」

 

『志摩半島南東沖です』

 

「志摩半島か……」

 

 

 六月末、レイモンド・クラークは偽装旅券を使って関西国際空港から入国した。もしかしたらあの辺りに、何らかの密入国ルートがあるのかもしれない。また、紀伊半島内陸に入れば光宣の地元だ。余所者には分からない抜け穴もあるだろう。

 

「(九島家は当てにならないからな……)」

 

 

 九島家は先月中旬、光宣の逃亡を手助けしている。今回もまた光宣の側につくかもしれない。九島家を使おうとしたら、光宣にこちらの情報が筒抜けになってしまう可能性がある。

 

「(二木家を頼るという手もないわけではないが……)」

 

 

 二木家の本拠地は芦屋。大阪湾、瀬戸内海方面から上陸するなら、二木家が所在を捕捉できるかもしれない。

 

「(……止めておくか)」

 

 

 そこまで考えて、達也は思い浮かべたアイデアを自ら却下した。光宣が帰国した理由が達也の考えている通りだったら、向こうから接触してくるはずだ。下手に手を出してまた富士の樹海のような隠れ家に引き篭もられでもしたら、無駄に時間が流れてしまう。八雲は「当面の心配は要らない」と言っていたが、水波の容態は何時悪化するか分からない。この状況で時間の浪費は好ましくない。

 

「引き続きパッシブモードで監視を続けてくれ」

 

『かしこまりました、マスター』

 

 

 達也はピクシーに対してこう命じるに留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八月二十日、光宣とレイモンドは神戸に上陸した。行き先は前回、レイモンドがレグルスと密入国した際に光宣が二人を匿った南京町の屋敷だ。

 

「ここはもう、知られているんじゃないの?」

 

 

 屋敷の裏手に連れてこられたレイモンドが不安げに問いかける。光宣は気にした様子もなく、裏口から屋敷に入った。

 以前、主人の証を光宣が見せたことを覚えていた使用人が恭しい態度で光宣たちを迎える。光宣は使用人に荷物を預けて、掃除が行き届いた書斎の椅子に腰を落ち着けた。

 

「戦場で最も安全な場所は最後に砲弾が落ちたところらしいよ」

 

 

 そして、部屋の隅に置かれている籐椅子に身体を預けたレイモンドに話しかける。それが裏口の前で自分が示した懸念に対する答えだと、レイモンドは十秒程経って気付いた。

 

「存在がバレてしまった隠れ家に戻ってくるはずが無いという思い込みの裏を掻く、ということかい?」

 

「さっきの戦場の話は当てにならないと思うけどね。ここはとりあえず大丈夫じゃないかな。張り込みをしている警官も魔法師もいなかったし、今回はここに長居するつもりは無いから」

 

 

 光宣は窓の外に顔を向ける。彼の目は、東の空に向けられていた。

 

「そうとも。長居するつもりは無いんだ……」

 

 

 光宣はもう一度、今度は独り言のようにそう呟いた。

 

「……そんなに気になるなら、どうしてあの時水波を置いていったんだい?」

 

「言っただろ? 僕は水波さんに強要したくなかった。だからあの時、水波さんの意思を確認出来なかった状態であれ以上連れ回すのは水波さんとの約束に反することだったんだ」

 

「でもこうしてまた水波の許に向かおうとしている。君の気持ちは、もう決まっているんじゃないのかい?」

 

「レイモンド」

 

「はいはい、どんな結果でも僕は君たちの行く末を見守ると決めているからね。ハッピーエンドになることを祈っているよ」

 

「ありがとう」

 

 

 光宣も何度も「水波の側を離れるのは失敗だった」と反省しているのだが、強要しないと約束している手前あれ以上連れ回すのは失礼だということで納得していた。だが無断でパラサイトを埋め込んだ自分は、既に約束に反しているのではないかという思いが、光宣の決心を鈍らせていたのだった。




誘拐犯に何を言っても意味は無いって……

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