劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2261 / 2283
パラサイトの監視はパラサイトで


監視方法

 八月十六日の朝。達也は巳焼島の別宅が入っているビルの屋上ヘリポートで兵庫と向かい合っていた。

 

「それでは兵庫さん。よろしくお願いします」

 

「お任せください。深雪さまは細心の注意を以て東京までお送り致します」

 

 

 兵庫の背後には主翼にダグテッドファンを組み込んだ小型VTOLが駐まっていて、既に深雪、リーナ、水波の三人が乗り込んでいる。

 今日から達也と深雪は別行動だ。達也は恒星炉の技術指導で、プラントが一部稼働を始めている巳焼島を今は離れられない。一方深雪は九校間の交流戦実施が間近に迫った状況で、一高生徒会長として東京に戻らなければならなくなった。その為の別行動だ。

 兵庫が操縦席に乗り込み、電動モーターのリフトファン式VTOが静かに離陸する。窓越しに手を振る深雪に、達也は屋上から手を振り返した。

 兵庫が巳焼島に戻ってきたのは正午前だった。この時間になったのは、調布の自宅に深雪たちを送り届けただけでなく、その後深雪とリーナを一高まで自走車で送っていったからだ。深雪のエスコートは達也の指示によるもの。理由はもちろん深雪の身を守ることだが、調布のビルに常駐している運転手ではなく兵庫に送らせたのには他にも目的があった。

 

「達也様、ご命令の品を回収して参りました」

 

 

 そう言いながら、兵庫は手に何も持っていない。その代わりに、彼の隣にはメイド服を着た一つの人影があった。

 

『マスター、ご命令をお願いします』

 

 

 その人影はパラサイトを宿した3H、ピクシーだった。達也はピクシーに一高生徒会室で生徒会の手伝いを命じていた。ピクシーはこの命令に従って生徒会室から動かなかった。パラサイトを宿した彼女には、自分の意思で行動する能力があるにも拘わらず、達也の命令を固く守っていたのだ。

 その達也が自分を呼び寄せたとなれば、達也の側で何か新しい仕事をもらえるとピクシーが考えるのも当然かもしれない。

 

「まず、家事を頼む」

 

『喜んで』

 

 

 その言葉の通り歓喜の念にあふれたテレパシーがピクシーから返ってきた。元々3Hが家事を補助する目的で作られたロボットだから、と言うのはあまり関係ないだろう。ピクシーにパラサイトを固定している念の核は「達也に全てを捧げたい」という想いだ。達也の身の回りの世話は、ピクシーと一体化したパラサイトの本望に違いない。

 

「それともう一つ。パラサイトの侵入を感知したら報せろ」

 

『それは外国からの侵入という意味ですか?』

 

「そうだ。消耗した想子は俺が分けてやる」

 

『本当ですか!? ありがたき幸せ……!』

 

 

 ピクシーのボディは自ら想子を生み出すことができない。その為、パラサイトの本体が活動することによって消費する想子は外部から補給を受けなければならない。その誕生の経緯からピクシーが想子を受け取る最大の供給元はほのかだったが、今日から達也がその役目を果たしてくれるというのだ。ピクシーは恍惚となっていた。

 

「今のところは以上だ」

 

『……かしこまりました、マスター』

 

 

 恍惚の中でも達也の言葉を聞き逃すことはなく、ピクシーは笑顔で一礼した。――サイコキネシスで表情を作るのは達也に禁止されていたが、それを失念してしまうくらいピクシーは舞い上がっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八月十九日、午前十時。

 

「光宣、日本の領海に入るよ」

 

 

 GPS付きの海図を見ていたレイモンドが光宣に注意を促す。国境内に入ればパラサイト同士の交信が可能になるということは同時に、日本にいるパラサイトに光宣とレイモンドの密入国が感知されてしまうということだ。

 光宣が出国した時、日本国内にパラサイトは残っていなかった。日本にパラサイトが新たに発生したとは思われないが、パラサイドールの存在がある。『仮装行列』で偽装しなければ、ほぼ確実に自分たちの所在を掴まれてしまうだろう。

 しかしパラサイト用のチャネルを閉じてしまうと水波の容態を探れなくなる。水波の容態が今すぐ処置が必要なほど悪化しているのか、それともまだ時間的な余裕が残されているのか。それは光宣の行動方針を決定する要因だ。分からないまま済ませるという選択肢は無い。

 光宣は、密入国を知られるのは仕方が無いと諦めた。兎に角居場所を隠せれば良いと割り切ることにしていた。一瞬で水波の現状を読み取り、間髪入れず『仮装行列』を展開して自分たちの所在を隠す。彼はそう決めていた。

 

「テン、ナイン、エイト、セブン……」

 

 

 レイモンドに領海線越えのカウントダウンをさせているのはそのタイミングを計る為だ。秒単位の勝負になる、と光宣は見ていた。幸い、と言って良いのか、達也はパラサイトではない。パラサイドールに自分たちの侵入を見張らせていても、報告を受ける過程で不可避のタイムラグが発生する、はずだ。達也が『精霊の眼』を自分たちに向ける前に『仮装行列』を発動できれば、当面は発見されることを免れる。これが光宣のプランだった。

 

「……スリー、ツー、ワン、ゼロ!」

 

 

 レイモンドの「ゼロ」と掛け声と共に、光宣は一瞬だけ魔法的知覚力を全開にした。光宣はパールアンドハーミーズ基地でスターズのゾーイ・スピカを殺し、焼き尽くした死体の灰の中から抜け出したパラサイトを魔法で捕らえ、支配していた。




達也だけを警戒してるから負けるんだよ……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。