午後のプレゼンテーションは一時から予定通りに始まった。一高の出番は三時、午後の部が始まれば二時間しかない。午前中は交代で見張っていた達也と五十里も、細かな打ち合わせに入っていた。
「なんだか緊張してきたわね」
「真由美が緊張してもしょうがないだろ。あたしたちはあくまでも応援に来ただけで、実際に発表したりするわけじゃないんだ」
「分かってるわよ。でも……時間が迫ってくるにつれて、本人たちより周りが緊張してくるって事だってあるじゃない?」
「まぁ何となく分かるがな」
三人の邪魔にならないように部屋の隅に移動した摩利と真由美が小声で話しているのを、同じく邪魔にならないように隅に移動していた深雪と花音が聞いていた。
「大丈夫だよね? 啓も居るし、司波君だって居るんだしね?」
「千代田先輩も落ち着いてください」
真由美のように、自分が出る訳でも無いのに慌て始めた花音を、深雪は苦笑いを浮かべながら眺めていた。
そこへ控えめなノックの音が聞こえてきた。真由美がそっと扉を開けると、そこには彼女よりも更に背の低い、彼女の後任の少女が立っていた。
「あらあーちゃん、席を外しても大丈夫なの?」
真由美が小声で尋ねたのは、彼女が審査員に任命されているからだ。
「午後の一組目が早めに終わったので、皆さんの様子を見に来たんです」
「応援に来てくれたんですか。ありがとうございます、中条さん」
「あっ、いえ……すみません鈴音さん。お邪魔ではありませんか?」
小声で話していたにも関わらず、部屋の奥から鈴音に声を掛けられて、あずさは小柄な身体をいっそう小さくした。
「別に気にする事はありませんよ、中条先輩。今は細々とした打ち合わせをしていただけですから」
「今のところ何処が有望なの?」
あずさが部屋に入ってきた直後に打ち合わせは中断していたので、達也も五十里も会話に加わってきた。
「やっぱり、四高ですね。今年も随分と凝った仕掛けを作って来ました」
あずさの評価に五十里が軽く首を傾げた。
「少し奇を衒い過ぎていた気もするけど?」
「でもやっぱりあれだけの複雑な魔法の組み合わせを破綻無くひとつのシステムに纏め上げるというのは凄いですよ。……っと、すみません、そろそろ次の発表が始まるので。皆さん、頑張ってください」
最後の最後で何をしに来たのかを忘れなかったあたりは、あずさも生徒会長が板についてきたのかもしれないと、達也が思っていると、彼の端末に通信が入った。
「すみません、ちょっと出ます」
「如何かしたの?」
「電話です」
内ポケットを指差して、達也は真由美たちの前を通り廊下にでた。
「もしもし、司波です」
『藤林です』
「……何かあったのですか?」
午前中に分かれたばかりの響子からの通信に、達也は声のトーンを下げた。
『呂剛虎を護送中の船が襲われ、そのまま逃げられたとの報告がありました。ゴメンなさい、達也君。せっかく君が捕まえてくれたのに……』
「やはりこのままでは終わってくれませんでしたか」
『こちらでも警備はしてるけども、万が一の時は達也君を頼るかもしれない。それだけは覚えておいて』
「分かりました」
『本当にゴメンなさい。油断した訳じゃないんだけど……』
「響子さんの所為ではないですし、強襲されたのでは仕方ありません」
達也は響子を慰めるような言葉をかけて通信を切った。控え室に戻ってきた達也に、真由美は何の電話かを訊ねようとしたのだが、彼の雰囲気から気軽に聞ける話ではないと悟り聞くのを断念したのだった。
第一高校のテーマは加重魔法の三大難問の一つである「重力制御型熱核融合炉」についてだ。このテーマには魔法大学関係者や民間研究機関の研究者も注目していた。
鈴音が魔法師の地位向上を目標とし、それに五十里と達也が手を貸して漸く発表まで漕ぎ着けたテーマだけあって、鈴音も何時ものように涼しい顔をしてはいられなかった。
発表の為に作られたデモ装置には、達也が開発した『ループ・キャスト』技術が使われている。
もちろん鈴音も五十里も『ループ・キャスト』技術を考案、開発したのが達也だと言う事は知らない。だからデモ装置を作る際に達也が考案したアイディアには驚きを隠せなかった。九校戦で同じエンジニアとして作業した五十里も、達也の技術力の高さには目を見張るものがあったのだ。
そして『ループ・キャスト』技術を使うことによって、断続的核融合反応を可能としたのだった。
発表を終え、聴衆から惜しみない賞賛を受けながら達也は片付けを始めた。交代時間は十分だけであり、発表よりも各校の代表とサポーターは非常に忙しい思いをしなければならないのだ。
「やってくれたね。見事だったと言わせてもらうよ」
「ありがとうと言うべきかな?」
「いや、別にお礼を期待した訳ではないよ」
一高の次の順番は三高であり、舞台上で達也に声を掛けてきたのは『カーディナル・ジョージ』こと吉祥寺真紅郎だった。
真紅郎は達也が考案したデモ機の仕組みに興味を持っていて、彼はデモ機に使った技術の殆どを見抜いていたのだった。
「ご慧眼畏れ入る。さすがは『カーディナル・ジョージ』だな」
「九校戦では負けたけども、今度こそ僕たちが勝つ」
片付けを終え舞台から撤収しようとした達也の背中に、真紅郎の言葉が向けられた。達也はその言葉に反応を見せずに去ろうとしたのだが、そのタイミングで轟音と振動が会場を揺るがした。
西暦二○九五年十月三十日午後三時三○分。後世において歴史の転換点と評される『灼熱のハロウィン』、その発端となった『横浜事変』はこの時刻に発生したと記録されている。
一高の発表が終わり、ロビーで響子と世間話を興じていた寿和は、懐の通信端末が震えたので、響子に断りを入れてから通信に出た。
「千葉だ。稲垣か? なにっ!? ……分かった、すぐにそちらへ向かう」
寿和が身体の向きを戻すと、響子も丁度電話を終わらせたところだった。
「本官は現場に向かわなければなりません」
「私はここに残ります」
「すみません! 何か分かったら連絡してください!」
頷く響子にそれ以上言葉を掛ける暇も無く、寿和は自分の車へ向かい、飛ぶように走った。魔法を併用した全力疾走は、ある面から見れば速すぎなのだが……
見せ場の多い方のモブの金魚の糞(?)が久しぶりに登場しました。