劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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彼らが気にすることではないのに


光宣の今後

 アビゲイルは敢えて「探し人」と表現したのだが、名前を言われなくても、達也と深雪にはそれが誰だか明らかだった。

 

「ロサンゼルスにいたそうだ」

 

 

 達也の推測通り、光宣はUSNAの西海岸にいた。

 

「でも私がボストンを発った時には既に、探し人はロングビーチから小型クルーザーで出国していたらしい」

 

「クルーザーの行き先は分かりますか?」

 

「そこまでは聞いていない」

 

「そうですか……ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 

 アビゲイルは最後まで、達也が探していた相手が何者なのか尋ねなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓迎パーティーの後、達也は技術団と残りの予定を消化する為に別行動となり、深雪たちは一足先に別宅に戻っていた。

 

「深雪、ちょっといいかしら?」

 

「どうかしたの?」

 

 

 リビングに入り、水波がお茶の用意をしている間に、リーナが深雪に話しかけ、深雪は顔だけを動かしてリーナを見詰める。

 

「さっきの話だけど、あれって光宣のことでしょ?」

 

「そうよ。リーナは一瞬誰のことだか分かってなかったようだけど」

 

「……そ、そんなこと無いわよ?」

 

 

 視線が明後日の方を向いているので、深雪の指摘が図星であることは明らかだが、リーナは隠し通せていると本気で思っている。

 

「達也様のことですから、今後のことを考えているのでしょうけど、生憎私には達也様の御考えなど分からないわよ? だから、気になるのなら達也様が戻っていらっしゃったら直接聞いてちょうだい」

 

「そんなこと言って、深雪だって気になってるんでしょう? 光宣のことってことは、水波のこととイコールでもあるんだから」

 

 

 光宣が動いたということは、水波の許へやって来る可能性が高いということは、リーナも十分に理解している。そんなことを言われるまでも無く深雪は分かっていたことだが、リーナの言葉で神妙な面持ちへと変わる。

 

「達也様に視られているかもしれないという疑念を払拭しきれないままの状態にもかかわらず動いているということは、水波ちゃんの容態が気になっているということなのでしょうね……」

 

「それくらいの覚悟を持って達也たちから水波を攫ったってことでしょ。やり方さえ間違えていなかったらロマンチックな話だとは思うけど」

 

「あら、リーナはそう言った感じが好きなのね」

 

「別にそういうわけじゃないけど、この年代の女子ならそういうのに憧れを持っていても不思議ではないでしょ? ほのかとか、そういうの好きそうだし」

 

「そうね。私も達也様と血の繋がった兄妹だと思っていた時は、達也様に攫ってもらって何処か人のいない場所で生活したいとか思ったこともあったかもね」

 

「さすが深雪……」

 

 

 リーナは割と本気で引いていたのだが、深雪にその事を気にした様子はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の日程を全て消化した達也が別宅に戻ってきたのは、午後五時を過ぎていた。達也は出迎えた深雪たちに「ただいま」と答え、深雪の後ろに控えていた水波に薄く軽い鞄を預けて――鞄を渡さないと水波は動こうとしない――リビングのソファに腰を落ち着けた。

 

「お疲れではございませんか?」

 

「俺はそれ程疲れていないが……。USNAの技術者はタフだな。着いたその日で時差ボケも残っているだろうに」

 

「まぁ、あの人たちは徹夜なんて日常茶飯事だろうし」

 

 

 深雪が冷たい飲み物を達也の前に置き、達也はグラスの中身を一気に減らした。少し疲れているのではないかと思いつつリーナが会話に割って入ってきたが、達也も深雪もリーナの介入を当たり前のように受け容れた。

 

「それより、これからどうするの? 計画通り、燻り出しには成功したみたいだけど……船の追跡はできていないんでしょう?」

 

 

 リーナがバランス大佐に光宣の捜索を依頼した際、彼女はわざと七賢人に解読されることが分かっている暗号を使った。達也の指示で。

 その目的はリーナが口にした通り。自分たちが捜索されていると知って、光宣は隠れ家から逃げ出した。しかしその後の行方が掴めなくなっているのも、リーナが指摘した通りだ。

 

「光宣君は日本に帰って来るでしょうか……。帰国は光宣君にとって、危険な賭けだと思うのですが」

 

 

 不安を隠せぬ声で深雪が呟く。達也は隠れ家を後にした光宣が日本に戻ってくると予想していた。しかし深雪が言う通り光宣が日本に入国したならば、「退魔」を掲げる古式魔法師をはじめとして、大勢の魔法師が彼を付け狙うに違いない。今度は八雲も、光宣を排除する側に回るだろう。それは光宣も十分に予測しているはずだ。

 

「光宣は戻って来る。光宣は水波を見捨てない。俺たちが水波を見放さないのと同様に。この点に関する限り、俺は光宣を信用している」

 

 

 達也の答えは、断言だった。彼の言葉には、予測が予言になると信じさせる力があった。

 

「そうですね……。自ら人であることを捨ててまで水波ちゃんを救おうとした光宣君ですもの。手段の是非は別にして、このまま逃げ出すことはありませんよね……」

 

 

 深雪のセリフは自分自身に向けたものだったが、その言葉は水波の胸に深く、深く、突き刺さっていた。達也も深雪もリーナも、それに気付いていなかった。

 迂闊というより、無神経と言うより、経験不足からくる限界だろう。達也は十八歳。深雪とリーナは十七歳。どんなに強力な力を持っていても、個人で国家を退ける魔法を使えても、彼らはまだ、未熟な高校生だった。




人生経験は豊富でもそういう所は仕方ないよな……

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