劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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互いに尊敬してる感じ


技術者の来日

 二〇九八年八月一五日、木曜日。この日が世界に記録されることは無かった。達也とアビゲイル・ステューアット博士の出会いは、後世の史家が魔法工学上の一イベントとして時々言及するくらいだ。しかし当人たちにとっては、大きな意味を持つ出会いだった。

 

「ようこそ、ステューアット博士」

 

「ミスター司波、お世話になります」

 

 

 百五十センチ台半ばの、明らかに運動不足の感がある女性科学者と握手した時、達也は「これがFAE理論を実用化した天才か……」と称賛の念を懐いた。

 達也と握手したアビゲイルは「これが加重系魔法の技術的三大難問の内、二つを解決した鬼才か……」と心の中で感嘆のため息を漏らしていた。なお「加重系魔法の技術的三大難問」とは「理論的には可能なはずなのに技術的には実現できない」と長い間魔法工学上の課題になっていた三つのテーマで、具体的には「重力制御型熱核融合炉」「汎用的飛行魔法」「慣性無限大化による疑似永久機関」を指す。達也はこの内、「重力制御型熱核融合炉」と「汎用的飛行魔法」を技術的に実用化している。

 また「FAE理論」とは「Free After Execution theory」、日本語で「後発事象可変理論」とも呼ばれているが、日本の学者の間でも「FAE理論」の方が一般的に通用している。具体的には「魔法で改変された結果として生じる現象は、本来この世界には無いはずの事象であるが故に、改変の直後は物理法則の束縛が緩い。従って、魔法の産物である事象に新たな改変を加える場合は、通常より遥かに小さな事象干渉力で望みの結果を得られる」とする仮説だ。

 しかしその「直後」として想定される時間が、一瞬という表現が少しも大袈裟でない程短い為、この仮説を実証することはできなかった。そのFAE理論を初めて証明しただけでなく、魔法兵器として実用化したのがアビゲイル・ステューアット博士だった。

 なお達也も今年、新魔法『バリオン・ランス』としてFAE理論の実用化に成功している。ただしこれはまだ、四葉家の関係者と『バリオン・ランス』に敗れた十文字克人、その場にいた七草真由美と渡辺摩利にしか知られていない。

 もっとも、自分が実用化できたからといって達也のアビゲイルに対する敬意が薄れることはなかった。達也の『バリオン・ランス』はアビゲイルが作った『ブリオネイク』を参考にしている。彼女の実績があってこその新魔法だ。そこを達也は勘違いしていない。

 

「早速プラントをご覧になりますか?」

 

「ええ、是非」

 

 

 達也はアビゲイルがそわそわしているのを見抜いて、彼女の希望最優先でセレモニーを省略させ空港から恒星炉プラントに直接案内した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラントを一通り案内した後、達也は来日した技術者一行を改めて歓迎の立食パーティーに案内した。時刻は既に正午近かったが、アビゲイルたちに尋ねたところ時差の影響もあり全員あまり食欲が無いとのことだったので、軽食パーティーのままにしたのだ。

 

「アビー、久しぶりですね」

 

 

 そのパーティーにはリーナも参加していた。明らかに日本人ではない彼女は米国技術団の注目を集めていたが、ただ注目されるだけで騒ぎにならなかった。彼らの中で『アンジー・シリウス』の正体を知っている者は、アビゲイル一人だけだった。

 

「やあ、元気にやっているようだね」

 

 

 リーナとアビゲイルの会話に割って入ろうとする者もいない。どうやらアビゲイルは、訪日技術団の中で浮いた存在であるようだ。良く考えれば、それも無理はない。アビゲイルは現時点でまだ二十二歳。アメリカがいくら実力主義といっても、四十代以上がメインの集団の中に二十代前半の小娘が紛れ込んでいれば馴染ませてもらえなくても無理はない。知的エリートであればある程、二十歳年下の実力は、理性的には認められても感情的には受け入れられない部分があるのだろう。それが僅か百年足らずの寿命に縛られた人間というものだ。

 

「博士、ご紹介します。こちらは私のフィアンセの一人です」

 

「初めまして、ステューアット博士。司波深雪と申します。お会いできて光栄です」

 

 

 何とな遠巻きにされている雰囲気を感じ取った達也と深雪がフォローに動いたのも、ホストとしては当然の気遣いと言えよう。

 

「初めまして、四葉のプリンセス。お噂はかねがね」

 

 

 アビゲイルには、深雪の美貌に圧倒された様子が無い。リーナとの付き合いで、美少女に耐性ができているのだろう。しかし他の訪日技術団員はそうもいかなかった。深雪とリーナ、絶世の美少女二人が放つオーラに、先程までとは別の理由でアビゲイルのいるテーブルを遠巻きにしていた。達也とアビゲイル、そして深雪とリーナの周りに人のいない空白地帯が形成される。

 

「ちょうどいい。ミスター司波に伝言があるんだ」

 

 

 その様子を見てアビゲイルは笑みを浮かべ、意味ありげな口調で達也に話しかける。

 

「何でしょう」

 

「探し人が見つかったそうだよ」

 

 

 達也は表情を動かさなかったが、横で聞いていた深雪は驚いた顔でアビゲイルを凝視した。リーナは首をかしげているが、アビゲイルは達也が無表情で自分を見詰めていることに満足げだった。




捜査網はさすがだな

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