劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2255 / 2283
エリカも十分強い部類ですからね


エリカの成長具合

 一方達也は、モノリス・コードの練習をしている校舎裏の演習林に来ていた。彼の視線の先では、エリカが目にも留まらぬ程の速さで魔法の弾幕の中を駆け抜けている。無謀な突進に見えて、エリカは一発も被弾していない。相変わらず見事な身体操作だ。達也はエリカのことを「最速の魔法師」と見做しているが、その印象は今日も変わらない。

 単に移動速度や加速度を競うだけならば、エリカよりも速い魔法師は世界に大勢いるだろう。だが魔法で加速した状態で思い通りに身体をコントロールするセンス、つまり魔法で加速させられているのではなく自己加速魔法を使いこなしているという点で、エリカは群を抜いているというのが達也の評価だった。

 彼女の実兄である千葉修次も巧みに自己加速を使うが、エリカとはタイプが違う。修次が『イリュージョン・ブレード』と呼ばれる理由は加速と停止を細かく切り替え、敵に狙いを付けさせない戦闘技術にある。エリカのように、人間の知覚力の限界領域で技を操っているのではない。謂わば修次は変幻自在、エリカは電光石火だ。

 しかし目の前で魔法の雨を躱しているエリカは、電光石火でありながら変幻自在だった。加速、停止、加速の切り替えという修次のテクニックを使いこなして、模擬戦の相手に狙いを付けさせない。電光石火でありながら変幻自在。幻惑の歩法は、まだ修次のレベルには及んでいない。それでもエリカが着実にレベルアップしてるのは間違いなかった。

 だが練習相手を務めている生徒も一高トップクラスの実力者だ。エリカの快進撃は、モノリスを守っていた生徒との相討ちで終わった。やはり直接斬りつけられないルールでは、勝手が違うようだった。

 

「エリカ、大丈夫か?」

 

 

 エリカの無系統魔法を受けてひっくり返っている――斬られたと錯覚して自分から倒れたのだ――ディフェンスの男子生徒を無視して、達也がエリカに声を掛ける。

 

「痛ててて……あれ、達也くん? 深雪と一緒じゃないの?」

 

 

 エリカのセリフに達也は苦笑いを浮かべた。やはり、自分と深雪はワンセットと見られているようだ、と思ったのだ。

 

「深雪は部活連本部へ状況を確認しに行っている。怪我は無いか?」

 

「骨は逝ってないよ。打ち身だけ。まぁ、痛いけど……これくらいは日常茶飯事だから」

 

 

 エリカが喰らったのは圧力を直接加える魔法。身体全体を対象にしながら圧力が強くなる焦点を設定することで、局所的に強い打撃を加えるのと同じ効果を発揮する『圧力レンズ』という魔法だ。エリカは何でもない顔で笑っているが、達也が視た魔法の威力からして相当酷い打ち身になっているはずだった。

 

「痛むのは左足の付け根だな?」

 

「うん、そう。……見せられないよ?」

 

 

 エリカは悪戯小僧のような顔で笑っているが、少し顔が赤くなっている。幾ら婚約者とはいえ、この様な場所で肌を曝すのは恥ずかしいのだろう。

 

「服を脱ぐ必要は無い」

 

 

 達也は平然とした表情でそう言いながら、左手をエリカに向けて翳した。その手首に装着されている銀環は完全思考操作型CAD『シルバートーラス』。ペンダント型のコントローラーから想子信号を受けて一瞬、起動式を出力する。発動する魔法は『再成』。完全治癒、修復に見せて、その実質は限定的時間遡行の魔法。いや「時間経過改変」の魔法と表現する方がより正確か。「過去の一時点から外的な影響を受けずに時間が経過した現在」で「過去に外的影響を受けて確定した現在」を置き換える魔法。

 『再成』がエリカに作用する。魔法攻撃という外的な影響によってエリカの左足に生じた打撲が、何事も無かったかのように消え失せた。

 

「……ありがとう。悪いわね」

 

 

 エリカは『再成』のことも、その代償も知っている。彼女が顔を顰めながら酷く申し訳なさそうは表情になったのは、達也が負った「代償」を自分の身に置き換えて想像したからだ。

 

「この程度はそれこそ慣れている」

 

 

 達也は強っている風も無くそう言って、エリカに右手を差し出した。達也の手を借りて、エリカが立ち上がる。

 

「直接作用する魔法は、やはり避け難そうだな」

 

「弱い魔法だったら気合いで何とかなるんだけどね」

 

「気合いって……間違いじゃないんだろうけど」

 

 

 自陣からエリカの様子を見に歩み寄ってきた幹比古が、呆れ声で口を挿む。

 

「魔法科高校の生徒なんだから、そこは『肉体から放出する想子の圧力で』とか言うべきじゃない?」

 

「長いって。一言で済むんだから『気合い』の方が手っ取り早いじゃない」

 

 

 幹比古のツッコミに対して、軽い口調で返すエリカ。

 

「直接攻撃はプロテクターである程度軽減できると思うが、やはり対抗魔法も用意しておくべきだろう」

 

 

 対照的に、重々しく達也が告げる。その声には、有無を言わせぬ強制力があった。

 

「えっ……でもあたし、対抗魔法なんて使えないよ?」

 

 

 対抗魔法は魔法を無力化する魔法のことだ。『情報強化』や『領域干渉』、達也が使う『術式解体』や『術式解散』も対抗魔法に分類される。

 

「弱い魔法なら『気合い』で吹き飛ばせるのだろう? ならば可能性はある。そうだな……」

 

 

 達也が片手を顎に当てて暫し考え込む。その姿に何となく気圧されて、エリカと幹比古は達也が口を開くのを黙って待った。




すぐに思いつく達也さん、さすがっす

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。