劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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消されるとは考えないのだろうか……


小物たちの会議

 八月十二日、月曜日。達也は深雪とリーナを乗せてエアカーで登校した。自走車通学は本来禁止されているのだが、彼が今、公共交通機関を使うと大混乱を引き起こす懸念が大であることと、現在が夏休み中という理由で特別に入構を許された。

 彼が久しぶりに一高へ来たのは、昨日骨を折ってくれた婚約者と友人に会う為だ。探し人の一人目はカフェにいた。

 

「エリカ、昨日はお疲れ様だったな。感謝する」

 

「本当に。エリカ、達也様の為にありがとう」

 

 

 頬杖をついてぼんやりしていたエリカに、達也と深雪が昨日のテレビ出演について慰労と謝辞を述べる。

 

「どういたしまして」

 

 

 エリカの覇気のない笑顔と、何やら随分と疲れている感のある声で応えを返した。

 

「エリカ、随分と元気が無いみたいだけど具合でも悪いの?」

 

 

 リーナが心配してそう問いかける。

 

「大丈夫。ちょっと疲れているだけだから。……精神的に」

 

「精神的に?」

 

 

 リーナはよく分からなかったようだが、達也と深雪は納得顔になっていた。学校の敷地内でも、普段の五割増しでエリカに視線が向けられている。それなりに顔が売れている一高内でさえこうなのだ。外ではさぞかし、他人の目が鬱陶しかったことだろう。

 

「今日は家に篭っていた方が良かったのかもしれないな」

 

「そういうわけにもいかないでしょ。交流戦まで、あまり日数が無いんだから」

 

 

 達也の同情が込められたセリフに、エリカは頭を振りながら億劫そうに立ちあがる。

 

「また後でね」

 

 

 着替えの入ったバッグを肩越しにぶら下げたエリカが、空いている方の手を振りながら去っていく。

 

「意外と真面目なのね、彼女」

 

 

 エリカの背中を見送りながら、そのセリフの通り意外そうな口ぶりでリーナが呟いた。

 

「そんなこと言って、エリカの性格はリーナだって知ってるんじゃないの? 短い間だけど、一緒の家で生活してたんだから」

 

「それはそうだけど、あそこまで真面目だとは知らなかったわ。面倒なことはしたくないってスタンスだと思ってたから」

 

「それはあるかもしれないわね。でも、達也様の為に動くのが『面倒なこと』だとは思わなかったわね」

 

「べ、別にそっちを指して言ったわけじゃないわよ!?」

 

 

 深雪の機嫌が急激に悪くなっているのを感じ取り、リーナは慌てて否定する言葉を探したが、見つけることができずに愛想笑いで何とか逃げ切ろうとしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都に置かれている魔法協会本部。今日はここで、会長、支部長、部門長を集めた臨時の会議が開かれていた。

 

「――あの男の増長は目に余る! ここで断固とした対応をしなければ当協会の権威が損なわれます!」

 

 

 先ほどから顔を赤くして力説しているのは百目鬼関東支部長。この会議の開催を求めたのも百目鬼だ。議題は達也に対する懲罰の実施。

 

「しかし、相手は四葉家の次期当主ですよ。実効性が無いのでは?」

 

 

 懲罰と言っても、魔法協会にも暴力的な手段は許されていない。最も重いもので除名。この処分を喰らうと魔法師としてのライセンスが使用できなくなるので魔法技能を条件にする職に就けなくなるのだが、魔法の使用自体を禁じられるわけではないので、ライセンスに頼らず自分で顧客を見つけて仕事をする分には問題にならない。個人的なつながりで雇用される場合も同様だ。

 その点達也は、まず四葉家の次期当主ということで求職活動は最初から必要ないし、技術者としても、兵士、いや戦力としても、魔法協会のライセンスに頼る必要性は全く無い。除名以外の「共済保険の不適用」や「非行魔法師として氏名公表」などは、尚更何の痛手にもならないだろう。それは恐らく、百目鬼にも分かっているはずだ。

 

「四葉家の権勢も永続するものではないだろう! 今は効果が無くてもその内思い知ることになる!」

 

「まぁ、司波君が魔法協会を蔑ろにしたのも事実のようですし、百目鬼支部長のご提案通りに懲罰決議だけでもしておきますか。会長、如何です?」

 

「ええ……そうですね」

 

 

 意見を求められて、協会長の十三束翡翠は言葉を濁した。理性的、というより利害勘定的には、四葉家を敵に回すべきではないと分かっている。だが感情面では、ディオーネー計画の件で散々苦しめられた達也に意趣返しをしたいという気持ちが強い。

 

「……とりあえず、懲罰の対象にするかどうか決議しましょう。具体的に何を適用するかは後で論じることにして」

 

「そうですね」

 

「分かりました」

 

「賛成です」

 

 

 意識せず、懲罰の実施を前提とした翡翠の発言に、賛同の声が上がる。

 

「では、懲罰に賛成の方は挙手を」

 

 

 しかし決を採ろうとしたところで、緊急呼び出しのブザーが鳴った。本物の緊急連絡でない限り繋がないようルールが徹底されている内部回線だ。採決を仕方なく中断して、翡翠は応答ボタンを押した。

 

「何ですか?」

 

『防衛大臣から至急のお電話です』

 

 

 不機嫌を隠せぬ翡翠の問いかけに、ハンズフリースピーカーから慌てていることが窺われる声で答えが返る。

 

「至急? 分かりました」

 

 

 翡翠はインカムに答えて、会議室の一同に「少し席を外します」と告げ、五分程で戻ってきた。

 

「防衛大臣はどのような御用件だったのですか?」

 

 

 深刻な表情で席に着いた翡翠に質問が飛ぶ。

 

「……採決は中止して閉会します」

 

「何故です!?」

 

「……大臣が何か?」

 

 

 閉会宣言に百目鬼が怒りを露わにして立ち上がり、別の幹部が翡翠に恐る恐る尋ねる。

 

「防衛大臣は『政府としては、今回の司波達也さんが取った行動には何の問題も無かったと認識している』と仰いました。魔法協会も、この認識に沿って行動してほしいのだそうです」

 

 

 バンと机を叩く音がした。手を振り下ろした体勢で、百目鬼関東支部長がプルプルと震えている。それを気の毒そうに見やりながら、会議に参加していた他のメンバーは次々に席を立った。




命があるだけありがたいと思わないと……

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