ヘリが飛び立ち、屋上のヘリポートが静けさを取り戻す。屋内に戻ろうと足を踏み出したリーナが、その足を止めて深雪に振り返った。
「深雪、今日は一緒について行かなくても良かったの?」
「今日はちょっとね……」
聞かれたくないというサインだったのだが、あいにくと今朝のリーナには通じなかった。深雪は小さくため息を吐く。
「……一条家のご当主と、まだ顔を合わせたくないのよ」
理由を話したくないとそれ程強く思っていたわけでもなかったのか、深雪は割合あっさりリーナの質問に答えた。
「珍しいわね。深雪がそんなことを言うなんて」
「今年のお正月のことだけど……。一条家のご当主に達也様との結婚を邪魔されそうになったの。その後色々とあって今は有耶無耶になっているけど、向こうは『まだ話は終わっていない』と考えているのではないかしら。だからね……」
「どんな話か知らないけど、直接顔を合わせたら蒸し返されるんじゃないかって?」
「そういうこと。特に今回の開催地は一条家の地元だから」
「フーン、なる程ね」
リーナが止めていた歩みを再開し、ビル内へ進む。その気まぐれにも見えるあっさりとした振る舞いに、深雪は水波と顔を見合わせて苦笑いした。
「リーナ、知らなかったんだっけ?」
「どうでしょう……恍けているようには見えませんでしたが」
自分が一条家当主と会いたくない理由は、リーナも知っていたのではないかという疑問が、深雪と水波の中に残ったのだった。
臨時師族会議の会場に選ばれた『加賀大門ホテル』は旧石川県金沢市と旧富山県南砺市の境にそびえる大門山の麓に建っている新しいホテルだった。時計の文字盤は午前十時三十分を表示している。ホテルの建物から歩いて十分程の所に設けられたヘリポートには既に、五機のヘリが駐機していた。
昨日ホテルに電話した段階でヘリポートは師族会議の名前で予約されていたから、全員がヘリで来ても降りられないということは無いだろう。ヘリポートがそれだけの広さを持つから、このホテルを会場に選んだのかもしれない。顧傑による襲撃を受けた箱根の会議を教訓としたのか、今回は秘匿性よりも移動手段を重視したようだ。
ヘリポートに駐まっていた先着の機体は五機。順当に考えれば、達也より先に五名が到着している。だがホテルに着いた達也と兵庫が案内された先は、誰もいない部屋だった。
「どうやら各家のご当主様方は、お互いに抜け駆けされたくないとお考えの様ですね」
ホテルの従業員が退出し二人だけになった部屋で、クラシックなソファに腰を下ろした達也に兵庫が皮肉っぽい口調で話しかける。この部屋が盗聴されている可能性は十分にあったが、達也は兵庫をたしなめなかった。
「こちらには別に、やましいことなど無いんですが」
ただそう嘯いただけだ。これは強がりでも恍けているのでもない。達也は本当に、欠片のやましさも懐いていなかった。
今日の呼び出しは、一週間前の巳焼島における戦闘が終わった後に彼が世界へ向けて発信したメッセージの件だろうと達也は考えていた。勝手な真似をしたと糾弾したいのだろう。
十師族は表舞台に立たないことを基本方針にしている。五輪澪が国家公認戦略級魔法師に名を連ねることになった時も、十師族内部では意見の対立があったと聞いている。
だからと言って達也は、大人しく叱られてやるつもりは無かった。その部屋には、軽食が用意されていた。だがまだ
「失礼します」
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのはホテルの従業員ではなかった。想子をコントロールして隠しているが、魔法師だ。それも実戦レベルの力を持つ戦闘魔法師。見ただけでは何処の所属かは分からないが、金沢という土地を考えれば一条家に属する者である可能性が高い。
「会議の準備が整いました。皆様お待ちですのでご案内致します」
「皆さん、もうお揃いなのですか?」
「はい。ですので、速やかにご同行ください」
「分かりました」
やはり自分は被告人の立場らしい。達也はそう思った。ただ思っただけでそれ以上の感情は懐かず、案内役の背中に続いて会場に向かう。
「こちらです。お付きの方はこちらでお待ちください」
「兵庫さん、深雪から連絡があるかもしれませんので、しばらく待っていてください」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
兵庫に見送られて、達也は会議室の中に入る。背後で扉が閉まる音。それを聞き流して、達也は目の動きだけで室内を見回した。正方形に並べられたテーブルの手前側には誰も座っていない。達也から見て左側の列のテーブルの奥よりに二人。手前から、一条剛毅、二木舞衣。正面のテーブルに五人。左から、三矢元、四葉真夜、五輪勇海、六塚温子、七草弘一。達也から見て右側のテーブルに三人。奥から、七宝拓巳、八代雷蔵、そして一人だけ立ち上がって達也を出迎えた十文字克人。日本を代表する魔法師集団、十師族当主が勢ぞろいしていた。
悪いことしてないのに被告人扱い……