劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ルールの違いは当然ある


出場に関する懸念

 達也が深雪、リーナの二人と顔を合わせたのは夕食の席だった。二人はもう少し早く、午後五時前には帰ってきていたのだが、達也が地下の研究室にこもっていたのだ。

 

「なかなか面白いことになっているな」

 

 

 エリカが選手に選ばれたと聞いて、達也はそう感想を述べた。

 

「一高も随分変わったものだ」

 

「ええ、本当に……」

 

「私でもそう思うわ」

 

 

 三人が思い浮かべているのは、二年前、彼らが一年生の時の一高の雰囲気である。確かにその頃なら、女子の二科生が学校を代表して九校間の交流戦に出場することなど考えられなかっただろう。

 

「しかし意外だな。十三束の名前は上がらなかったのか?」

 

 

 十三束鋼は種目こそ違っているが、去年の九校戦にも出場した現三年生トップクラスの猛者だ。達也が訝しさを覚えるのは当然だった。

 

「十三束君は本人からあらかじめ辞退の申し出があったんです。月末に開催されるマーシャル・マジック・アーツのオープン競技会に出場したいからと」

 

 

 しかし達也の疑問は深雪の答えですぐに解消された。スポーツ系競技会の全国大会は例年九校戦終了後に日程が組まれる。モノリス・コードよりもそちらを優先すると言うのは、別段おかしな話ではない。達也は「なる程」と頷いただけで、それ以上十三束のことには触れなかった。

 

「それしても、エリカがモノリス・コードか。厳しいな……」

 

「そうかしら。エリカの実力はスターズでも十分にやっていけるレベルだと思うけど」

 

 

 達也が漏らした呟きに、リーナが反論する。

 

「エリカの実力は知っている。リーナ、エリカは二年前より格段に強くなっているぞ」

 

「マジで? 二年前でも衛星級じゃ敵わないくらい強かったのに。だったらますます心配要らないんじゃないの?」

 

 

 リーナが心から納得できない様な表情を浮かべた。

 

「モノリス・コードは実戦ではなくスポーツ競技だからな」

 

「つまり、どういうこと?」

 

 

 小首を傾げるリーナ。その質問に応えたのは達也ではなく深雪だった。

 

「リーナ、達也様はモノリス・コードのルールがエリカに合わないと仰っているのよ」

 

「もしかして、日本のルールとステイツのルールは違うの?」

 

「日本では肉体的な接触と肉体で直接操る道具による攻撃が禁止されているわ。アメリカでは違うの?」

 

「何それ。そんなんじゃ、白兵戦を得意とする魔法師は一方的に不利じゃない」

 

 

 リーナは呆れるだけでなく、不満げに少し唇を尖らせた。

 

「アメリカでは、白兵戦は禁止されていないのね?」

 

「ステイツでは殺傷力のある武器を禁じているだけよ。刃引きがしてある剣や貫通力が無い弓矢は使えるし、素手の格闘は当然OK。そうでなければ訓練にならないじゃない」

 

 

 深雪の質問に、リーナがUSNA軍で使われているルールを説明する。それを受けて、達也が日本とアメリカの違いを指摘した。

 

「日本では、モノリス・コードは軍がやるものではないからな」

 

「ふーん、そうなんだ。日本のモノリス・コードは本当にスポーツなのね。さっき達也が言ったのはそういう意味か」

 

 

 リーナがようやく納得した様子を見せる。リーナの疑問が解決したところで、今度は深雪が達也に疑問を向ける。

 

「ですが達也様。エリカはやる気でしたよ」

 

「フム……。何か考えがありそうだな。だがエリカの思惑は別にして、過去に例が無い女子選手の出場だ。ルール上の対応は必要だろう」

 

 

 そう言って、達也は少し考える時間を取った。

 

「……確か大学のルールだと、女子の試合では対物シールド魔法をプログラムした防御用武装デバイスが認められているはずだ。少なくともプロテクターについては優遇する必要があるんじゃないか。向こうでも女子選手がエントリーしてくるだろうし」

 

「他校からも女子選手が出場するとお考えなのですか?」

 

「九校戦が無くなったからな。女子にも活躍の機会を与えたいと思っているのは、むしろ男子生徒の方じゃないか」

 

 

 達也の言葉に深雪は「なる程……」と感心した表情で頷き、リーナは「そんなものかしら」と半信半疑の呟きを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八月十一日、日曜日の朝。達也は今まさに、金沢で開催される師族会議へ出発しようとしていた。何時もならここで一悶着あるのだが、今日はそれが無かった。留守番を命じられた深雪が、一緒に連れて行けとごねなかったのだ。

 

「行ってらっしゃいませ、達也様」

 

 

 深雪の随分と物わかりの良い態度に、達也は戸惑いを覚えていた。だが、それを表に出すことは無かった。

 

「今日はどのくらい時間が掛かるか分からない。留守中何も起こらないと思うが、もし巳焼島から緊急の連絡があったら兵庫さんを通じて呼び出してくれ。日米両政府から何か言ってきたら、お前の判断で呼んでほしい。魔法協会とマスコミは無視して構わない」

 

「かしこまりました。お任せください」

 

「リーナ、水波。深雪を頼む」

 

「ええ、任せて。と言っても、私にできるのは護衛だけなのだけど」

 

「かしこまりました。深雪様の身の回りはお任せください」

 

「では行ってくる」

 

 

 深雪と水波はお辞儀で、リーナは人差し指と中指を揃えて立てた右手を顔の前で軽く振って、ヘリに乗り込む達也を見送った。




エリカは成長著しいからな

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