五十嵐が立ち往生している間に、レオが言葉を重ねる。
「モノリス・コードは直接接触禁止の競技だ。女子が出場しても変じゃねぇよ。出場資格を男子に限っているのは、九校戦のルールだろ?」
「そうだね。大学では女子の試合も行われている」
「確かに。ステイツでは男女混合戦も見かけるわ」
レオの指摘に、雫とリーナが根拠を添えた。なおリーナが言っている「ステイツでは」というのは「アメリカ軍の訓練では」なのだが、それはこの場で説明する必要の無いことだった。
リーナがアメリカ軍所属の軍人だったことはここにいる大体の人間が知っていることという意味だけではなく、アメリカ軍の訓練で男女混合で行われていることは一高の生徒なら大体知っているからでもある。
「五十嵐君、ちょっと良いかな」
幹比古が行儀良く、手を上げる。彼の性格上きちっと確認してから発言するのはいつも通りなのだが、この中ではかなり立場が上なのだからもう少し威厳ある態度を取ってもいいのではないかと、エリカはそんな視線を向ける。
「どうぞ」
だがエリカの視線には取り合わず、五十嵐が幹比古に発言を許可し、幹比古もエリカには目もくれず発言をする。
「九校戦にはちゃんと女子の競技がある。女子にも出場機会があるけど、今回の交流戦では時間の不足もあってモノリス・コードしか準備できなかった。中止になった九校戦の代わりの交流戦なのに、従来のルール通りでは女子を締め出すことになってしまう。善人ぶるわけじゃないけど、僕はそれが気になっていた」
幹比古の言葉に頷く参加者たち。会議に参加している女子だけではなく、男子生徒の間にも同様の仕草を見せる者は多かった。
そもそも九校戦の代わりなのに男子の競技のみというところに引っかかりを覚える人が多かったのだが、それをどうやって解決するかが分からなかったというところか。
「僕たち生徒自身が企画する交流行事に女子が参加する機会を確保するという意味でも、エリカの出場は良いことだと思う」
幹比古の指摘に、場の雰囲気が変わる。賛成、という声が幾つも上がった。エリカ以外に参加表明がなかったのは、競技の性質もあるが、エリカ以上に適任がいないと誰もが思ったからだろう。
「……千葉さん、どうかな? 西城君が言ったように肉体的な接触は禁止されているけど、モノリス・コードは怪我も多い競技だ。九校戦で女子の種目に無かったのも、そこが考慮されていたんだと思う」
五十嵐も同意見なのか、確認の態を取ってはいるがエリカの参加が前提で問いかけを行う。五十嵐に問われたエリカが、立ち上がって一同をグルリと一度、見回した。
「あたしとしては、白兵戦禁止ルールの方が気に入らないんだけど」
そう言って、エリカは不敵な笑みを浮かべる。その笑みの意味を完全に理解したのは恐らく深雪だけだろう。他のメンバーは五十嵐同様に、参加の意思ありと受け取っていた。
「じゃあ?」
「エントリーしても良いわよ。他の四人と一緒にね」
「他の四人?」
モノリス・コードの参加メンバーは三人だ。人数にも引っかかりを覚えたが、エリカを含めるとエントリー人数が五人になる。五十嵐はそこにも引っかかったのだろう。
「吉田くん」
エリカは幹比古のことを「ミキ」ではなく苗字で呼んだ。
「五十嵐くん、森崎くん、そしてそこのバカ」
エリカの笑みに含まれていた悪戯心。それがレオに対するこの呼び方。
「おい、テメェ! 何だそりゃあ!」
打てば響くタイミングでレオが噛み付く。本人たちは気を悪くするだろうが、まるで十年以上組んでいるコメディアンコンビのようだった。
二人の関係性を知っている人間からしてみればいつものやり取りなのだが、下級生からしてみれば少し過激だっただろう。だが、エリカはそんなこと気にせず続ける。
「あっ、ゴメン。バカじゃなくて野獣だった」
「それでフォローしたつもりか!」
「怪我が多いんでしょ? だったら交代要員は必要よね。肉の壁は望むところでしょ?」
「無視すんな! 聞けよ! てか、肉の壁って表現するな!」
「ええと……」
それほどエリカとレオと付き合いがない五十嵐からしてみれば、どう対応したものかというやり取りだったのだろう。
「五十嵐君、私も発言して良い?」
「はい、会長!」
だから深雪から差し伸べられた救いの手に勢いよく飛びついた。普段から深雪に対しては礼儀正しい五十嵐だが、この時はいつも以上に礼儀正しく深雪に返事をしていた。
「エリカの言う通り、メンバーを出場定員の三人に限る必要は無いと思います。レギュラーと補欠ではなく、試合ごとに入れ替え可能な選手を選ぶという方式で良いのではないかしら」
「はい、そうですね!」
「少し落ち着いてください」
「す、すみません」
エリカとレオの二人から余程意識を逸らしたいのか、五十嵐の声には随分と力が入っていた。
そのことに深雪が苦言を呈すると、五十嵐は一度落ち着きを取り戻そうと深呼吸をして深雪に続きを促す。
「皆さんがそれでよろしければ、他校にもお話してみてはどうでしょう? 女子選手出場の件も含めて、同意を取り付けておいた方が良いと思いますが」
「仰る通りだと思います!」
だがあまり効果は見られなかったようだ。
まるで泉美が乗り移ったような態度で――乗り移るもなにも泉美は深雪の隣にいるのだが――五十嵐は深雪の提案を早速会議に掛けた。採決の結果、全会一致。エリカのモノリス・コード出場は、他校と調整した上で最終的に決定することに決まる。
これで話し合いは終わりだという空気が流れだした中――
「あっ、言い忘れていたけど」
――ここであっさり終わらないのもエリカらしさか。
「あたし、道具にはうるさいから。弘法筆を選ばずって言うけど、あたしはお大師様じゃないから我が儘言わせてもらうわよ」
「あら。エリカ、それって一説によれば、弘法大師程の方になると持っている筆は全て一級品ばかりだから敢えて選ぶ必要は無かったのだそうよ」
「あっ、そうなの? じゃあ生徒会長のお墨付きってことで」
「ご心配には及びません」
エリカの挑発的なセリフに応えて、一人の小柄な男子生徒が立ち上がった。プラチナの髪、銀の目をしたその所為とのことをエリカは知っていた。
「千葉先輩のデバイスは僕たちが責任を持って仕上げます! 司波先輩の代わりにはならないでしょうけども、千葉先輩に満足してもらえるように頑張りますので」
隅守健人。去年の九校戦で達也のアシスタントを務めた二年生だ。彼は達也に憧れて一高に入学し、そして魔工科へと進んだある意味達也の追っかけだ。
だがその技術力は達也も認めているところがあり、エリカもそのことは知っている。
「そっ、期待してるわ」
今度こそエリカは、満足げに笑った。エリカに期待されたことで健人は嬉しそうに笑みを浮かべる。その笑顔に数人の女子生徒――もしかしたら男子生徒も――が魅了されたのだが、彼はそのことを知らない。知る必要もないだろうが。
「それでは千葉さんの出場は他高との調整次第ということで、現段階でのエントリーは吉田君、西城君、森崎君、五十嵐の四人ということでよろしいでしょうか」
「私はそれで構わないと思います。ですが練習の際に一人足りませんので、その都度お手伝いをお願いする人を選んでおいた方が良いのではないでしょうか?」
「その辺は僕たちの方で見つけておきますので、会長が考える必要はありません。吉田君の方でも声はかけておいてくれるでしょうし」
「そうだね。練習だけなら達也でも良いわけだし」
「そうね。でも達也様はお忙しいから」
「そ、そうですね……」
幹比古は本気で達也に練習を手伝ってもらおうとは思っていなかったが、深雪が存外本気で寂しそうな顔をしたので、どう反応して良いのか困ってしまった。そのまま会議は閉会し、深雪たちは部活連本部を後にしたのだった。
「吉田君、司波会長の前で司波君の話題は出さない方がいいって言ったのは君だよね?」
「いや、分かってはいたんだけど……」
残された五十嵐と幹比古は、深雪の反応を見て引きつった笑みを浮かべながら部活連本部の片づけ始めるのだった。
議長より議長らしい深雪