劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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分かり切ったことではある


協力の裏事情

 何故深雪が寂しそうな表情を浮かべたのか、その答えはその後の彼女のセリフで十分理解出来た。

 

『いえ、学校にはリーナについてきてもらいますので……。達也様はまだ、余り外を出歩かない方がよろしいかと』

 

「……そうか」

 

 

 深雪の発言は道理だった。巳焼島防衛から今日でまだ六日。彼が不用意に街へ出れば、遠慮という言葉をどこかに置き忘れた自称ジャーナリストに付き纏われるのが目に見えている。

 

『個型電車ではなく車で学校まで送ってもらいますので、ご心配をお掛けするようなことは無いと思います』

 

「そうだな。そうしなさい」

 

 

 このビルは四葉家の東京本部。達也がハンドルを握らなくても、ここには深雪の為の運転手が常に待機している。

 

『はい。暗くなる前に戻りますので』

 

「帰りも必ず迎えを呼ぶように」

 

『かしこまりました。それでは、行ってまいります』

 

 

 達也があの宣言――自分には国家を相手取って戦う力があるというメッセージ――を世界に向けて放った日から、一週間も経っていない。今の状況で登校するのは彼自身の為にならないというより周りが迷惑するだろう。同行を避けるべきと言うのは合理的な判断で、深雪に忌避されたのでないことは分かっている。

 頭では理解しているのだが、達也はどことなく寂しげな気分を味わい、それを思考から追いやるようにレリックの製法確立の為の研究に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也の代わりに深雪に同行しているリーナが、一高に向かう車の中で深雪に質問する。

 

「ねぇ、深雪。私、詳しい事情を知らないんだけど、そもそも何が中止になって何の開催が決まったの?」

 

 

 リーナが再来日したのは六月の下旬だ。その時にはもう、九校戦の中止は決まっていた。前回彼女が日本に留学していたのは一月から三月。リーナは九校戦という行事自体を知らない。事情が分からないのは当然と言える。

 

「中止になったのは『九校戦』、正式名称を『全国魔法科高校親善魔法競技大会』という、第一から第九まである魔法大学付属高校がスポーツ系の魔法競技で競い合うイベントよ。毎年今の時期に開催されていたのだけど、今年は中止になったの」

 

「何で?」

 

「五月の頭に中央アジアの大亜連合軍基地が武装ゲリラに襲われた事件を、リーナは覚えているかしら」

 

「ニジェール・デルタ解放軍が犯行声明を出したヤツでしょ? 覚えてる」

 

 

 リーナは元軍人だけあって、その事件をしっかり記憶していた。

 

「その襲撃に使われた魔法『能動空中機雷』は、達也様が開発して一昨年の九校戦で初披露した魔法なの」

 

「へぇ、そうなんだ。それで?」

 

 

 リーナに驚きは無い。達也なら戦術級魔法の一つや二つ、新たに開発することなど朝飯前だと彼女は知っている。

 

「武装ゲリラに利用されるような危険な魔法技術を拡散する大会は危険だから止めるべきだ、という声が上がってね。大規模魔法による非人道的大量殺傷が声高に非難されていた時期だったから、世論の反発を恐れて今年の九校戦は中止になったのよ」

 

「何それ? 酷い言い掛かりじゃない! 人が死んだのは魔法を使ったヤツの責任、ううん、魔法の使用を命じたヤツの責任で、達也には何の責任もないでしょう。そもそもあの件で死亡、負傷したのは全員大亜連合の軍人だったと聞いているわよ。ゲリラの肩を持つわけじゃないけど、一般人の犠牲と同列に扱うのはおかしいわよ」

 

 

 リーナが自分のことのように憤る。いや、「ように」ではなく、戦略級魔法師である彼女にとっては、実感として他人事ではないのだろう。

 

「リーナの言う通りだと思うけど、世論は感情だから」

 

 

 理屈通りにはいかない、という言葉を深雪は呑み込んだ。リーナには、口にされなかったその言葉が聞こえていた。

 

「……それで、中止になった九校戦の代わりに九校間でモノリス・コードの交流戦を行おうという話が持ち上がってね。色んな所に協力をお願いしていたのだけど、上手く行っていなかったのよ。――昨日までは」

 

 

 最後の一言は、皮肉げな口調だった。それが深雪の内心を雄弁に物語っている。国防軍の掌返しは、深雪にとっても不愉快でないはずはなかった。

 

「今朝急に風向きが変わったということ? ねぇ、それって……」

 

「ええ、多分そういうことでしょうね」

 

 

 中途半端なところでセリフが終わっていたにも拘わらず、深雪はリーナに向かって頷いた。その目を見て、リーナは深雪が自分と同じ考えであると覚る。二人は「国防軍の態度が変わったのは、達也とUSNA国防長官付き秘書ジェフリー・ジェームズの面会が影響しているに違いない」という推論を共有していた。

 

「ま、まぁ……事情はどうあれ協力してくれるんだから良いんじゃない?」

 

「そうね」

 

 

 車内の空気を変えようと努力したリーナだったが、余計に深雪の機嫌を損ねてしまう。

 

「達也の上辺だけしか知らない奴らが何と思おうが良いじゃないの。達也の本心は深雪が一番よく分かっているんだし」

 

「達也様の、本心……私が、一番……」

 

「(あっ、何とか興味が逸れてくれたみたい)」

 

 

 大勢いる婚約者の中でも自分が一番だと言ってもらえたと思い、深雪の機嫌は何とか上向いた。リーナは深雪には見えない角度でホッと一息吐いたのだった。




危ないと分かってても地雷を踏み抜くリーナ……

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