劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也に誘き出されてるとも知らずに……


光宣の動き

 リーナが東海岸のペンタゴンにいるバランスと電話をしているのを、レイモンドは盗聴していた。

 

「光宣。どうやら連邦政府が動き出すみたいだよ」

 

 

 西海岸はまだ早朝だが、光宣とレイモンドは起きていた。いや、まだ起きていたというべきか。ここ最近は吸血鬼らしく、彼らは朝に眠って夕暮れに目を覚ます生活を続けている。

 

「連邦政府が? 連邦軍ではなくて?」

 

 

 二階の窓のカーテンを少しだけ開けて、活動を始めたばかりの街を見ていた光宣がレイモンドの声に振り返る。彼らは意思疎通に声を出す必要は無いのだが、この隠れ家にいるのはパラサイトばかりではない。むしろ人間の魔法師の方が多い。声で会話するよう心掛けている主な理由はその方が二人とも性に合っているからだが、「組織」の人間に無用な猜疑心を持たれない為という面もあった。

 二人がいるのはロサンゼルスの港に近い一角。光宣とレイモンドは、魔法師で構成されている某過激派組織の一拠点に匿われていた。

 

「依頼を受けたのは軍だけど、FBIやCIAが出てくるんじゃないかな」

 

「CIAは国外担当じゃなかった?」

 

 

 首を傾げた光宣に、レイモンドは嫌味の無い笑顔で首を横に振った。

 

「テロリスト対策には国外も国内もないよ」

 

「僕たちはテロリストかい? まぁ……そう言われても仕方が無いか」

 

 

 ここに来る直前、光宣は連邦軍の基地を一つ、全滅させている。パールアンドハーミーズ基地の壊滅をUSNA軍は達也の仕業だと思い込んでいるが、基地に残っていた将兵を皆殺しにしたのは光宣だ。この事実を振り返れば、テロリストと言われても否定できない。

 

「捜索を依頼したのは達也だ。君の予測より大分早かったね」

 

 

 レイモンドの指摘に光宣が眉を顰める。それは不快感の表明ではなく、予想外の良くない事態を懸念している表情に見えた。

 

「それで、どうする? ここでお世話になってまだ半月だけど、FBIやCIAが相手じゃ、見つかるのも時間の問題だと思うよ」

 

「僕は日本に戻るよ」

 

 

 光宣の答えにレイモンドが目を丸くする。

 

「危険じゃないか? 達也が待ち構えているよ、きっと」

 

「決着を付けなければならないんだ」

 

 

 光宣の目には固い決意が宿っている。テレパシーを使わなくても、翻意させるのは無理だとレイモンドは理解した。

 

「じゃあ、僕も行くよ」

 

 

 レイモンドは説得の代わりに、深刻さの欠片も無い口調でそう告げた。

 

「何を言うんだ!? 僕が日本に戻るのはそうする必要があるからだ。予定より随分早いけど、元々いずれは帰国するつもりだった」

 

 

 顔色を変えた光宣がレイモンドの両目を真剣な目付きで覗き込む。

 

「戻るのは僕の事情だ。レイモンド、君まで危険を冒す必要は無い」

 

「その事情って、水波の治療だよね?」

 

 

 レイモンドの軽い口調は変わらない。

 

「言っただろう? 僕の望みは、君たち二人の物語を最後まで見届けることだ。その為ならこんな命、惜しくないよ」

 

 

 息を呑む光宣に、そのままの調子でこう付け加えた。光宣はレイモンドの説得を諦め、自己責任ならと自分を納得させてレイモンドの同行を許可したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八月十日、USNA国防長官付き秘書官ジェフリー・ジェームズと面会した翌日。水波の件は光宣の捜索をUSNA当局に依頼し、当面は待つことしかできない。昨日の今日で巳焼島に戻るのも慌ただし過ぎると考えた達也は、四葉家東京本部を兼ねるマンションビルの、地下に設けられた研究室で魔法保存用レリックの工業的な製法確立に取り組んでいた。最上階の部屋にいる深雪から内線電話がかかってきたのは作業を始めてから約三時間が経過した、午前十一時前のことだった。

 

『たった今、ほのかから電話がありました』

 

 

 達也が用件を尋ねると、深雪はそう切り出した。深雪の表情を見る限り、その電話は悪い報せではないようだ。

 

『国防軍がモノリス・コードの交流戦に力を貸してくださるそうです』

 

 

 確かに良いニュースだったが、少々意外だった。随分露骨な真似をする。達也はそう感じて顔を顰めそうになる。国防軍がいきなり態度を変えたのは、達也がUSNA政府の高官と接触したのを知ったからだろう。彼がアメリカに寝返るのを恐れているのだろうか。馬鹿馬鹿しい、と達也は思った。少し甘い言葉を囁かれただけで簡単に陣営を変えると思われているなら不快だし、この程度のことで歓心を買えると国防軍が考えているのだとすれば、もっと不愉快だった。

 

「良いニュースじゃないか。今から準備を始められるのなら、月末には間に合いそうだな」

 

 

 しかしそんな思いはおくびにも出さず、達也はこの話題に相応しい笑顔をカメラに向けて相槌を打った。

 

『はい。それで私も、準備のお手伝いに行きたいのですが』

 

「登校するのか?」

 

『はい。いけませんでしょうか……?』

 

「もちろん構わない。すぐに出るのか?」

 

 

 画面の中の深雪は制服に着替えていた。

 

『そのつもりです』

 

「分かった。すぐ部屋に戻る」

 

 

 達也は当然、深雪に同行するつもりだった。彼がそのつもりでそう言ったのを、深雪はその場で理解し、寂しそうに首を振った。




態度が変わった理由はもちろん……

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