劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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アメリカも必死


本命の要求

 達也の皮肉を気にせず――気付かなかったのかもしれないが――JJは特に表情を変えずに応える。

 

「いえ、こちらの申し出に快く同意していただいて感謝しています。正直に申し上げて、我々が期待した以上でした」

 

 

 JJは予想以上の低姿勢で達也のセリフに応じた。こういう態度を取られると、達也も不用意なことは言えない。達也はさらに気を引き締め、慎重に言葉を選んだ。

 

「私の方でも、貴国と敵対するつもりはありませんので。今回のことはエドワード・クラーク個人に責任があると考えています」

 

「……ディオーネー計画についても、そのように考えていただけるのですか?」

 

「ええ」

 

 

 達也とJJが約三秒間、無言で見つめ合う。

 

「それは良かった。私たちの間に深刻な誤解が生じていないと分かっただけで、日本まで来た価値があります」

 

 

 JJが自然な態度でホッと息を吐いて見せる。達也は礼儀的な笑顔でそれに応えた。

 

「私としても、ありもしない敵意を懐いていないとご理解いただけただけでも、足を運んだ甲斐がありました」

 

「私たちは貴方との友情をもっと確固たるものにしたいと願っています」

 

 

 具体的なことを言わないJJに、達也は目で先を促した。

 

「タツヤ……アメリカに来ていただけませんか」

 

 

 思いがけない提案に達也は内心、驚きを禁じ得ない。まさかここまで厚かましい申し出をしてくるとは、達也も予想していなかった。

 

「アメリカに?」

 

 

 あえて意外感を隠さず、達也は問い返す。

 

「最高の研究環境をご用意します。貴方の英知を、自由と民主主義を愛する諸国民の為に役立ててください」

 

 

 JJの口調は、セリフの内容に反して白々しくなかった。

 

「人類の為、とは仰らないんですね」

 

「お気に召しませんでしたか?」

 

 

 熱弁を振るうJJに、達也は面白がっている声で尋ねた。その問いに対してJJは不安げな口調で問い返す。口調は不安げだが、彼の唇は両端が笑みの形につり上がっていた。

 

「いえ、目的が明確になっているのは良いと思います」

 

 

 達也も同じような表情でJJの問いに答えた。そして彼らは同時に笑みを消して、テンションの下がった視線を互いに向ける。二人の中に、共感と同族嫌悪が同時に生まれたのだった。

 

「せっかくのお申し出ですが、巳焼島のプロジェクトが一段落するまでは日本を離れられません」

 

「そうですか。そういう理由であれば、残念ですが仕方がありませんね」

 

 

 達也の辞退に、JJはあっさり引き下がった。

 

「では、代わりにと言っては何ですが、技術者派遣を受け容れてもらえませんか」

 

 

 代案はすぐに提示された。このスピードから考えて、こちらの要求が本命だったと思われる。

 

「技術者派遣? 研修のようなものですか?」

 

「はい。恒星炉技術をご提供いただけるとのお返事でしたので、ならばデータだけでなく実地で学ばせていただかないと」

 

「そうですね……」

 

 

 達也が即答しなかったのは、技術者受け容れが工作員潜入に利用される可能性を考えたからだ。

 

「分かりました。私の独断では決められませんが、その方向で調整してみます」

 

 

 しかしすぐに、マスコミの取材を許可しているのに技術者を締め出しても意味は無いと考えなおした。

 

「ありがとうございます。それでは結論が出ましたら、こちらのアドレスにご一報ください」

 

 

 そう言ってJJは長い文字列とカラーコードが印刷された名刺サイズの紙を差し出す。達也はその文字列を読み取って、高度に暗号化された仮想専用回線だと理解した。普通のネットワークではない。おそらく国防総省の限られたエージェントにのみ公開されているものだろう。

 

「良いんですか?」

 

「何がでしょう?」

 

 

 達也は思わずJJにそう尋ねてしまったが、JJの返答を受けて、意味の無い質問だったと気付いた。

 

「いえ、分かりました」

 

「良いお返事を期待しています」

 

 

 この後、達也はJJと五分程世間話をして彼の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也とジェフリー・ジェームズの話し合いが終わったのは午前十一時。国防長官一行が利用しているホテルを出た達也は、いったん調布の自宅に戻った。自宅は達也たちが留守にしている間もホームオートメーションによる手入れが行われていた。

 だが彼が帰宅した時に空き家特有の空虚な埃っぽさが全く無かったのは、一足先に帰宅した深雪と水波が頑張って掃除してくれたからに違いない。

 

「お帰りなさいませ、達也様」

 

「ただいま」

 

 

 彼が部屋の扉を開けた直後、深雪の声が出迎える。達也は応えを返す為に深雪と目を合わせてから、靴を脱ごうとして視線を下げた。そこで、靴が三足置かれていることに気付く。

 

「リーナが来ているのか」

 

「はい。もうすぐお昼ですから」

 

「自分の部屋の掃除は、もう終わっているのか? リーナにしては手際が良いな」

 

 

 ここまでは真顔で答えていた深雪だったが、達也のこのセリフに、堪えきれず「クスッ」と小さく失笑を漏らす。

 

「達也様、人聞きが悪いですよ」

 

「そうだな……それで、実際のところどうなんだ」

 

「もうすぐお昼ご飯ですから」

 

「なる程」

 

 

 達也も、つられたように小さく笑った。

 

「後で手伝ってあげようと思います」

 

 

 深雪は笑みを浮かべたまま、フォローするようにそう付け加えた。




リーナの能力は相変わらず

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