劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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それしか仕事が無いのか?


煽るマスコミ

 達也の音声メッセージは、日本国内は無論のこと、USNA、新ソ連、大亜連合、東南アジア同盟諸国、オーストラリアの、政府広報窓口と民間ニュースサイトに直接届けられた。

 このメッセージが送信された時刻は日本時間午前十時。USNA東海岸では夜の九時だったが、アメリカ国内では十分も経たない内に、インターネットニュースサイトばかりか主要テレビネットワークまでもがトップニュース扱いで報じた。

 新ソ連は約一時間後、メッセージの内容を事実無根と否定した。ミサイルを発射した事実も無ければ、基地が破壊された事実も無い、と。

 だがそれを待っていたかのように、USNA国防総省が破壊されたビロビジャンミサイル基地の衛星写真を公開。それによって達也のメッセージは、疑いなく事実であると世界に受け入れられる信憑性を獲得した。

 またこれに便乗してアメリカ国防総省は、巳焼島に対する奇襲が新ソ連のエージェント、エドワード・クラークが偽造した偽の命令によるものであり、奇襲に関わった兵士はクラークに騙された被害者であると主張。日本政府に対して一応の謝罪を行うと共に、事態をエスカレートさせないよう冷静な対応を求めた。

 達也はUSNA政府の主張を、否定しなかった。世界は、達也が個人でUSNA、新ソ連、大亜連合、インド・ペルシア連邦の、所謂四大国の戦略軍に匹敵、あるいはそれを凌駕する抑止力を保有していると認識した。

 

 

 

 

 

 深雪が島内に向けて終結宣言を出し、達也が世界に向けたメッセージを発信した後も、実は一連の戦闘の、全てが片付いていたわけではなかった。巳焼島に海中から艦対地ミサイルを放った新ソ連のミサイル潜水艦『クトゥーゾフ』は、行動不能になっておよそ一時間が経過した後、諦めて浮上した。非常用のボートで潜水艦から逃げ出した新ソ連兵を、巳焼島守備隊は戦闘と無関係の漂流者として救助し、『クトゥーゾフ』は達也が分解して沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が変わるのを待たず、八月四日の午後から、マスコミは大挙して巳焼島に押し寄せた。無論、目的は達也だ。

 巳焼島の近海で突如現れ突如消えた、季節も場所も規模も異常な氷原のことは国立の気象台だけでなく民間でも観測されていたが、普段なら一面トップの特ダネのはずのこの怪奇現象の真相を探ろうとした記者は皆無だった。

 テレビも新聞もネットのニュースサイトも、誰もかれもが達也にマイクを突き付け、少しでもセンセーショナルなコメントを取ろうと攻勢を掛けた。

 達也は取材を拒まなかったが、マスコミの要求に全て応えたわけでもなかった。マスコミの希望を全て叶えようとしたなら、彼は食事も睡眠も取れなかっただろう。中には挑発的な態度で達也の行動をテロに他ならず彼の声明は国際社会に対する挑戦ではないか、と質問の形で持論を捲し立てた記者もいた。達也を挑発するだけに止まらず、彼を犯罪者と決めつけて記事を書いた新聞社、番組で糾弾した放送局もあった。――それらは以前から魔法師を目の敵にする報道を続けてきたメディアグループに属する会社だった。

 しかし政府がすぐさま、達也の取った行動は国内法でも国際法でも合法だったと断言したことで、そうした一部マスコミの声は世論を動かすには至らなかった。

 日本政府の素早い対応は、日本の領土を狙ったミサイルに国防軍は何故対処しなかったのか、実はミサイルを探知できなかったのではないかという疑問と批判を打ち消す目的があったと思われる。防衛省は極超音速ミサイルを発射時点から探知していたと反論し、達也にミサイル迎撃を委託したのはかねてより政府が魔法協会と締結していた防衛協力に関する覚え書きに則ったものだと主張した。

 これは強弁ではないか、という印象を持った国民は少なくなかったが、覚え書き自体は以前から公表されていた物なので、その疑念が大きな「声」となることはなかった。ただ、日本政府のコメントだけでは、そこまで世論が影響されることは無かったのかもしれない。より大きな影響力を発揮したのはおそらく、アメリカの軍事専門家、外交評論家、国際法学者が相次いで達也を擁護したことだろう。

 この問題には日本人よりアメリカ人識者の方が、積極的に発言した。アメリカの専門家と呼ばれている人々は、少なくとも意見を公表した者は例外なく、達也がビロビジャン基地を攻撃しベゾブラゾフを殺害したのは――なお新ソ連はベゾブラゾフの死亡も否定している――自衛であり合法だったと、様々な根拠を付けて主張した。彼らの熱心な態度は、ホワイトハウスが裏で糸を引いているのではないかという憶測を生む程のものだった。肯定的な世論が支配的になったネタは、マスコミにとって旨みが少ない。批判こそがジャーナリズムの存在意義という信念は、二十一世紀末になっても根強く残っている。事件発生からわずか三日後には、マスコミは新たなネタに飛びつき巳焼島から一斉に引き揚げたのだった。

 

「これで一安心ですかね?」

 

「どうだろうな。暫くは都心に戻るのは避けた方が良いだろう」

 

 

 マスコミがいなくなったからと言って、達也は一段落とは考えておらず、他の婚約者たちにも迷惑が掛かるかもしれないと、もう暫く巳焼島に引き篭もることに決めた。




捏造はいかんだろ

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