劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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世界に激震が走る


達也の宣言

 クラークは潜在的な魔法師だったがその力は微弱なもので、その肉体の分解が達也の負担になったとは、深雪は考えていない。しかしそれはあくまでも、魔法力に負担がかからなかったというだけだ。人間を直接消し去ることに達也が何の抵抗も覚えていないとは、深雪は思っていなかった。

 深雪がそのことを気にしていることを知っているのを表情に出すこともなく、達也は何事も無かった顔で深雪の慰労に応えた。

 

「ありがとう。これで戦闘は一段落ついた。そう考えて良いと思う。深雪、皆に勝利宣言を」

 

 

 そして深雪が顔を曇らせる前に、達也は彼女に総大将としての役割を演じるよう促す。深雪は目を丸くして、いったん首を左右に振る。

 

「いえ、それは達也様が……」

 

「深雪」

 

 

 だがもう一度達也に名前を呼ばれて、それが自分に与えられた役目だと思い直した。女性スタッフが深雪の前にマイクスタンドを設置する。マイクに向かって姿勢を正した深雪にカメラが向けられる。

 達也がフレームの外に下がる。サブスクリーンが、深雪のミディアムショットを映し出した。深雪は凛とした表情で正面に据えられたカメラに目を向け、落ちついた声で話し始める。

 

「四葉家守備隊指揮官代理・司波深雪の名を以て、戦闘の終結を宣言します」

 

 

 そこで深雪は、大きく息を吸い込んだ。

 

『わたしたちの、勝利です!』

 

 

 深雪の宣言に応えて、歓声が沸き上がる。北東海岸部を中心にして、巳焼島の至る所で。それは勝利を歓ぶ声であり、若く美しい指導者に熱狂する声でもあった。

 

『私、司波深雪は当主、四葉真夜に代わり、皆さんの奮闘に感謝の言葉を贈りたいと思います。ありがとうございました』

 

 

 島内のあちこちに設置されたスクリーンの中で、深雪の映像が全身像に切り替わる。足の爪先から頭の天辺、髪の先端に至るまで非の打ち所が無い美女が、スクリーンの中で優雅に一礼する。島は、ますます熱烈な歓声に包まれた。

 

「これは深雪さんが次期当主と言われても誰も疑わないかもしれないな」

 

 

 歓声で沸く島内で唯一冷静な態度で深雪の宣言を聞いていた勝成が、誰に聞かせるでもなく呟く。さすがにあからさまな態度で達也のことを嫌う輩はいなくなっているが、内心はどうかは分からない。今でも深雪を次期当主にと画策しようとしている輩がいるかもしれない。

 そんなことを考えながらもう一度島内を見回し、この光景を餌に深雪を担ぎ上げる連中が出てこなければ良いがと、勝成はそんなことを考えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪によって島内向けの放送が終わり、彼女に向けられていたカメラが片付けられる。達也は深雪を称賛し、労った後、通信を担当しているスタッフの席に歩み寄った。

 

「すまない。代わってもらえるだろうか」

 

 

 その女性職員は達也よりも年上だった。だが彼のぞんざいな言葉遣いに気分を害した様子は見せなかった。この部屋にいる者は皆、達也の実力をこの一時間足らずで見せつけられ、思い知らされていたのだ。その女性スタッフは帝王に額ずく様な恭しい態度で、達也に席を譲った。達也は慣れた手つきで、通信機を衛星インターネット回線に接続した。

 

『私は日本の魔法師、司波達也です』

 

 

 そのメッセージは、そんなありきたりな挨拶で始まった。

 

『本日、日本時間八月四日午前九時四十一分、私は新ソ連、ビロビジャンのミサイル施設を魔法で破壊しました。これは当該基地から私が滞在中の日本領土・巳焼島へ向けて極超音速ミサイルが撃ち込まれたことに対する自衛行為です』

 

 

 しかし、それに続く言葉は「ありきたり」の対極に位置するものだった。

 

『ミサイルは着弾前に破壊しましたが、第二弾、第三弾が撃ち込まれる懸念を無視出来ませんでした。交渉の余裕はありませんでした。交渉相手を探している内に、次のミサイルが飛んでくるかもしれなかったのです。それ故に私はミサイル発射施設の破壊を決断し、実行しました。またミサイル攻撃と同時に、戦略級魔法トゥマーン・ボンバによる攻撃を受けました。私はこの魔法による被害を防止する為に、新ソ連の国家公認戦略級魔法師イーゴリ・ベゾブラゾフを魔法で狙撃しました。その結果、イーゴリ・ベゾブラゾフが死亡した可能性を、私は否定しません。繰り返し明言します。これは自衛行為です。国際的な法秩序を踏みにじるようなテロ行為ではありません。完全に合法的な行為であり、その結果に対する責任は無法な奇襲を行った新ソビエト連邦とイーゴリ・ベゾブラゾフ本人が負わなければなりません。私は自分が持つ力を、法秩序を破壊するテロ行為に用いる意志はありません。現在も将来も、テロ行為には決して手を染めないと誓います。ですが攻撃を受け、あるいは差し迫った脅威に曝され、自衛の為に必要と認めるならば武力の行使を躊躇いません。私が自衛に不足の無い武力を有していることは、理解していただけたと思います。大規模な爆発、無差別の殺戮、著しい生活基盤の破壊を伴うことなく、私は私に向けられた不当な攻撃に対処することができるのです。それが世界中の、何処から加えられたものであろうとも』

 

 

 ここで達也は、意図的に口調を変えた。

 

『もう一度、ここに宣言する。私は魔法師とも、そうでもない者とも平和的な共存を望んでいる。だが自衛の為に武力行使が必要な時は、決して躊躇わない』

 

 

 そう宣言して達也の演説は幕を下ろした。




宣言の中に過去が含まれていないのに気付く奴はいるのだろうか……まぁ、ギリギリテロではないのか?

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