劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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建物だけで済んだのは良かったのか?


ミサイル基地破壊

 続いて達也は念の為、潜水艦のミサイルランチャーを全て破壊した。破壊と言っても爆破とか分離とかの荒っぽい手段を取ったのではなく、ハッチ開閉構造を断線させたのだ。これでもう、艦対地ミサイルによる攻撃の懸念は無くなった。

 達也は『クトゥーゾフ』の浮上を待たず身体を反転させた。『シルバー・ホーン』が狙う先は北北西一千七百キロ、ハバロフスクの西百五十キロ、ビロビジャンミサイル基地。

 

「(ミサイルの情報を遡及)」

 

 

 先程「分解」した極超音速ミサイルの情報を『精霊の眼』で過去へと遡っていく。最大マッハ二十超・約五分の軌跡を一瞬で遡り、ミサイルが飛び立った地下サイロに到達。そこから水平に「視野」を広げていく。達也の脳裏に航空写真のような――ただし、地下を透視した――イメージが像を結ぶ。

 

「(地下に無人のミサイルサイロ六基を視認)」

 

 

 ビロビジャンミサイル基地が持つ地下サイロは六基。意外に数が少ない。敵の攻撃に備えて基地を分散しているのだろう。移動式サイロで発射前に無力化されるのを防ぐのではなく、地理的に分散させることで全滅を防ぐという発想は、有り余る領土を持つ大国にのみ許される贅沢か。

 ここを破壊しても別の基地から攻撃を受ける可能性はあったが、その時はその時だ。今は警告の意味を込めて、トリガーを引くべきシチュエーションだった。

 

「(照準、六基の地下サイロ)」

 

 

 他にも地下にミサイルの管制施設があったが、今回は有人施設をターゲットから外した。事態のエスカレートを避ける為だ。自分の目的の為には十分だと達也は判断した。

 

「(雲散霧消、発動)」

 

 

 達也が物質を元素レベルに分解する魔法を放つ。一千七百キロ彼方のビロビジャンでは、ミサイルの自爆によるものではない爆発で地下サイロが六つ、吹き飛んだ。大量の金属と合成樹脂、元素・化合物半導体、合板、人造石などの個体が瞬時に気化した圧力上昇による爆発だと理解した者は、現地には一人もいなかった。吹き上がる粉塵は、まるで火を伴わない噴火のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本時間、二〇九七年八月四日午前九時四十五分。戦闘が始まってわずか三十分余りで、巳焼島に上陸した米軍部隊は全滅した。生存者ゼロという意味ではなく、防御隊側も負傷した敵兵を拘束した上で治療しているが、生き残りは人間だけだ。パラサイトは漏れなく殲滅された。肉体から逃れて滅びを免れたパラサイトもいない。達也は一体のパラサイトも見逃さなかった。

 こうして巳焼島攻防戦は、四葉家の完勝に終わった。正式な作戦でないとはいえ、また公式には「叛逆兵の暴挙」という扱いになっているとはいえ、USNAの正規軍が正面衝突で民間の魔法師集団に歯が立たなかった。この事実は各国の――日本を含めて――軍事関係者を震撼させ、「四葉」の悪名をますます世界に轟かせた。

 しかし世界を戦かせたのは、その事実だけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が指令室に帰還したのは、戦闘が集結した約五分後のことだった。

 

「お兄様! いえ、達也様。お疲れさまでした」

 

 

 抱き着く寸前で立ち止まり、昔の癖で「お兄様」と呼んでしまったことを言い直して淑やかなお辞儀で迎え入れる。――指令室のスタッフは、深雪の「お兄様」を聞かなかったことにしたようだ。

 

「深雪も、お疲れ様」

 

 

 達也が掛けたねぎらいの言葉に応じて深雪は顔を上げ、ニッコリと微笑む。その笑顔は上品な貴婦人と清楚な少女の両面を、絶妙のバランスで兼ね備えていた。

 

「ありがとうございます。達也様、お怪我はありませんか?」

 

 

 達也の戦闘スーツには、ざっと見たところ傷一つ無い。さすがに土埃は付いているが、出血の跡どころか返り血すらも見当たらない。

 

「大丈夫だ。傷一つ負わなかった」

 

「それをうかがって安心しました」

 

 

 言葉通りに、達也の身に関する気掛かりが解消したのだろう。深雪はもう一度艶やかに微笑んで、メインスクリーンに目を向けた。

 

「ところで達也様。あれはどう致しましょうか」

 

 

 深雪が視線で指し示したのは、三分割された映像の中で氷に埋もれて立ち往生しているUSNAの軍艦。駆逐艦『ハル』、駆逐艦『ロス』、および強襲揚陸艦『グアム』だ。

 

「戦闘が一段落した時点で、勝成さんが投降を勧告した。今はその回答待ちだ。向こうが同意すれば『氷河期』を解除してくれ」

 

「かしこまりました」

 

『指令室、深雪さんを出してくれ』

 

 

 まるで二人の会話が聞こえていたかのように、勝成からの音声通信が入る。映像が無かったのは、戦闘スーツの通信機を移動基地で中継しているからだろうか。

 念の為に島内を映しているサブスクリーンで確認してみると、勝成は東岸の埠頭に立っていた。沖には強襲揚陸艦『グアム』の上部構造物が一部のぞいているだけのはずだが、それでも自分の目で敵の動きを監視したいと考えているのだろう。

 

「勝成さん、米軍から回答があったんですか」

 

『達也君、指令室に戻っていたのか』

 

 

 応答したのは深雪ではなく達也だ。勝成は深雪が応えなかったことに不満を示さなかった。

 

『君の言う通りたった今、強襲揚陸艦グアムの艦長アニー・マーキス大佐から武装解除に応じる旨、回答があった。二隻の駆逐艦も武装解除に同意したとのことだ』

 

「投降ではなく武装解除ですか。中々強かな艦長のようですね」

 

 

 達也のセリフに、深雪が意味を問いたげな表情を浮かべていた。




武装解除で済ませるのは部下の為

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