劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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変に頭が良いから……


ベゾブラゾフの誤算

 ベゾブラゾフはハバロフスクに設置された『トゥマーン・ボンバ』用大型CADの助けを借りて、巳焼島上空に放たれた達也の魔法を感知した。艦対地ミサイルを破片も残さず分子に近いレベルにまで破砕する、極めて強い事象干渉力が投入された魔法。

 

「(よし、計算通り!)」

 

 

 これだけ強く現実を捻じ曲げる魔法を使ったならば、たとえそれが自分の魔法でも、他の魔法を識別することは困難になるに違いない。これはベゾブラゾフを含めた、現代の魔法学者にとっての常識的な思考だった。

 

「(USNA艦艇を氷漬けにした大魔法の影響もまだ残っているはずだ。今が、好機!)」

 

 

 ベゾブラゾフがそう考えたのは潜水艦『クトゥーゾフ』から発射されたミサイルが破壊された直後、ビロビジャン基地から発射されたミサイルが破壊される直前の一瞬。既に『トゥマーン・ボンバ』の発動準備は調っている。

 

「(死ね!)」

 

 

 ベゾブラゾフが『トゥマーン・ボンバ』を放ったのは、達也の魔法が極超音速ミサイルを破壊し終えた瞬間と全くの同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極超音速ミサイルをを対象とする『分解』を放つのと同時に、達也はまだ発動していない魔法の気配を捉えて右手で『シルバー・ホーン』を抜いた。一挙動で大型拳銃の形をしたCADの引き金に指を掛けた右腕を真っ直ぐ頭上に伸ばし、空へ向けて引き金を引く。『トゥマーン・ボンバ』は無数の魔法式の集合体。しかもその魔法式は、一つ一つが微妙に異なり、グループ化して一気に分解することはできない。達也の『術式解散』では一部を消去することはできても、残る無数の魔法式がそれとは独立に発動してしまう。単純化すれば、百の威力を九十九に減らすことしかできない。

 だが魔法式連鎖展開システム、達也がチェイン・キャストと命名したプロセスは一個の魔法式から始まる。連鎖展開が始まる前に、「原本」とも言うべき最初の魔法式を破壊すれば『トゥマーン・ボンバ』を完全に無力化できる。分解すべき魔法式の構造は過去の交戦で入手済みだから、魔法が放たれる前に一番目の魔法式が発生する座標が分かれば無効化は可能だ。今、この時のように。

 

 

――『トゥマーン・ボンバ』発動。

 

――『術式解散』発動。

 

 

 魔法式をコピーし、アレンジして隣の座標に設置する。そのプロセスが完了する前に、達也の情報体分解魔法がアレンジのプロセスごと「原本」の魔法式を分解した。ベゾブラゾフの『トゥマーン・ボンバ』は、達也によって完封された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かに発動した『トゥマーン・ボンバ』の手応えが無くなり、ベゾブラゾフは激しい動揺に見舞われた。

 

「(未発……? トゥマーン・ボンバが打ち消されただと……? 馬鹿な! いったいどうやって!? 数千に及ぶ個々の魔法式を、全て破壊した? 不可能だ。人間の処理能力で、そんな真似が可能なはずがない! ではどんなトリックを使ったと言うのだ? 魔法式を高速侵食するウイルスでも作り出したのか?)」

 

 

 己の存在意義とも言える魔法の不発に、ベゾブラゾフはすっかり意識を奪われていた。「信じられない」「信じたくない」という正直な感情と、現実逃避は許されないという科学者の矜持。ベゾブラゾフは、その板挟みになっていた。

 感情と矜持の折り合いをつける為には、『トゥマーン・ボンバ』の失敗に科学的な説明をつけることで自分を納得させるしかなかったのである。

 彼は気付いていない。自分が既に、魔法に捉えられていることに。銃口は彼の心臓に向けられ、トリガーがまさにこの瞬間、引き絞られようとしていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六月下旬に授業時間中の一高でベゾブラゾフに狙われた際、達也はこのロシア人魔法師の個体情報を手に入れていた。

 まだ六歳の幼少期、人造魔法師実験の被験体にされ実の母だと思われていた深夜の手によって精神を改造された副産物で、達也は忘却と無縁になった。それは決して良いことばかりではなかったが。以来達也は、どんなに複雑な情報であろうと、どれだけ大量のデータであろうと自由自在に、正確に記憶から引き出せる。

 達也はベゾブラゾフの個体情報を元にして、彼がハバロフスクの研究所にいることを突き止めた。二ヵ月前に襲撃された時の記憶が残っていなかったら、これほど簡単には見付けられなかっただろう。分解したばかりの『トゥマーン・ボンバ』の残骸が情報次元を漂っているから、それを利用すれば彼を発見すること自体は可能だったに違いない。だがこんな短時間では、居場所を特定できなかったはずだ。

 探している間に第二波、第三波のミサイルを撃ち込まれていたかもしれない。ミサイルの対処にリソースを奪われて、十分な探知ができなくなっていた可能性も低くなかった。

 ベゾブラゾフは小規模な天文台のような形をした堅牢な建物の中で、鉄道コンテナのような箱形のCADの中に座っている。以前に「視」たCADよりも単純な構造だが、基本的な機能は同じであるようだ。

 前回は、接続中のCADを破壊することで精神にダメージを与えるだけに留めた。あれは世界の軍事バランスを乱さない為だった。




達也のことを下に見過ぎた結果ですね

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