USNA駆逐艦『ハル』で起こった騒動は、気象台のように気楽なものではなかった。
「シンクロライナー・フュージョンが無効化された!」
「無効化? 失敗ではないのか?」
「違う! 何者かの干渉による無効化だ!」
ミゲル・ディアスが、彼のCAD操作を補助していた魔法技術者と激しく言い争っていた。そこへ駆逐艦『ロス』からミゲル宛に通信が入る。
『ミゲル、俺だ』
「アントニオか」
通信の相手はミゲルの双子の弟で、シンクロライナー・フュージョンを発動する為のパートナー、アントニオ・ディアスだった。
『ミゲル、どういうことだ? 俺たちの魔法が無効化されるなんて聞いていないぞ』
「俺も同じだ。アントニオ、もう一度やるぞ!」
『無効化された原因が分からないのにか?』
「分からないからだ。今度は技術者にしっかり観測させた上で放つ」
『また無効化されれば、今度はその原因が観測できるというわけか』
「どんな方法で無効化しているのかが分かれば、対策も立てられる」
ミゲル・ディアスは、今回の作戦を成功させる為に対策を立てると言っているのではなかった。むしろ、次の戦場の為だ。『シンクロライナー・フュージョン』を無効化する手段があるなら、その「無効化手段」を無効化する方法を見つけておかないと、彼らの存在意義が揺らいでしまう。
『そうだな』
アントニオも同じことを考えたのだろう。ミゲルの提案に頷く言葉はすぐに返ってきた。
『今後の為にも――』
だが、それに続くセリフが不自然に途切れる。
「アントニオ?」
スピーカーからは、内容までは聞き取れないものの、ざわめきが聞こえてくるので通信が切れたというわけではない。
「どうした、アントニオ!」
『ディアス少佐……』
ミゲルの叫び声に応えたのは、弟のアントニオではなかった。不吉な予感に襲われたミゲルは、息を呑んで次のセリフを待つ。
『その……ミスターアントニオは、突然消えてしまいました』
「……何ですって?」
『アントニオ・ディアス氏は小規模な爆風を残して、一瞬で消えてしまわれたんです!』
ミゲルは何を言われているのか、すぐには理解できなかった。
「……弟は爆殺されたという意味ですか?」
『いえ、違うと思います。死体の破片どころか、一滴の血も残っていません。身体のシルエットが揺らいだかと思ったら、風が広がって消えてしまわれたんです! まるで、ご本人が風に変わったかのように!』
「………」
『ディアス少佐。いったい何が起こったのです? これはあなた方の魔法ですか? 少佐は瞬間移動の魔法を実現されていたのですか!?』
「……いえ、違います。私にも何が何だか……」
当惑が二隻の駆逐艦を駆け巡る。駆逐艦『ロス』の技術者が口にした「風に変わって消えた」というセリフは正鵠を射ていたのだが、両艦の中には誰一人として、本気でそんなことを考えた者はいなかった。
アントニオ・ディアスを『雲散霧消』で葬った達也は、右手の『シルバー・ホーン』を腰のホルスターに戻した。
「(ターゲットの消失を確認。それにしても、シンクロライナー・フュージョンが二人一組で発動する魔法だったとは)」
まだ島内では激しい戦闘が続いている。悠長に魔法の考察をしている状況ではない。そうと知りつつ、達也は今手に入れた戦略級魔法『シンクロライナー・フュージョン』の秘密について、考えずにはいられなかった。
「(全く同じ魔法でプラズマの塊を向かい合わせに走らせ、正面衝突させる、か。少しでもコースやタイミングがズレたら成り立たない魔法だ。もしかしたら二つの魔法に込められた事象干渉力も一致する必要があるのかもしれない。現に俺が観測したミゲル・ディアスの魔法とアントニオ・ディアスの魔法に込められていた事象干渉力は、レベルが完全に一致していた。俺が知る魔法師の中で条件に適合しそうな魔法師は、そうだな……香澄と泉美の二人なら、使えるかもしれない)」
『達也様』
一応の結論らしきものが出たのと同時に、深雪から通信が入った。
「深雪、どうした?」
雑念から抜け出すには、ちょうど良いタイミングだった。達也は応答しながら『シンクロライナー・フュージョン』に関する考察を魔法技術に関する記憶庫にしまい込んで、現在進行中の戦闘に意識を向け直した。
『島の東西に停泊した二隻の駆逐艦から、強い魔法力を感じました。私たちに対する攻撃だと思ったのですが、達也様が防いでくださったのでしょうか?』
「どちらも正解だ。駆逐艦から放たれたシンクロライナー・フュージョンは術式解散で無効化した」
『シンクロライナー・フュージョン! ブラジルのミゲル・ディアスがこの戦いに加わっていたのですか!?』
「そうだ。だが心配しなくて良い。戦略級魔法師としてのディアスは、既に無力化した」
『ありがとうございます。さすがは達也様、何時もながら見事なお手並みですね……。念の為、二隻の駆逐艦を強襲揚陸艦より先に動け無くしてしまおうと思うのですが、如何でしょうか』
「妥当な判断だと思う。やってくれ」
『では早速処置に掛かります』
「ああ、頼む」
『かしこまりました』
丁寧な一言と共に、指令室との通信が切断される。その十秒後、達也は島の西岸にある指令室から強大な魔法が放たれるのを知覚した。
やっぱりレベルが違い過ぎる……