劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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お見舞いといえるかは微妙ですが……


前日の見舞い

 論文コンペを翌日に控えた土曜日の朝、達也は学校ではなく別の場所で鈴音と落ち合った。

 

「すみません司波君。どうしても付き合ってもらいたかったものでして」

 

「別に構いませんよ。どうせ今日はろくに授業なんて無いでしょうし」

 

 

 もともと二科生と言う事もあり、達也は結構自由に授業を抜け出したり出来るのだ。もちろん後で課題なりのペナルティはあるだろうけども、今の時期はコンペの代表という事でその事も免除になっているのだ。

 

「ところで、何故服部先輩も?」

 

「彼は私の護衛ですから。部活連会頭の権限で授業も公欠に出来ますし」

 

「はぁ……」

 

 

 職権乱用なのでは? と達也が思ったのに気付いたのか、服部は苦々しい表情で達也を見ていた。もともとあまり仲が良い先輩では無いので別の理由かもしれないが、達也はそれ以上服部に興味を持つ事は無かった。

 

「それで市原先輩、これから何処に行くんですか?」

 

「国立魔法大学付属立川病院です」

 

「平河千秋ですか……それなら俺は居ないほうが話が進むのでは」

 

「いえ、如何しても司波君は必要なのです」

 

 

 言い切られて達也は少し驚いた。平河千秋が今回の事件を起こした原因は自分にあるのだから、説得なり事情聴取なりをするにしても張本人の自分が居ては上手く事を運べないのではないかと思っていたからだ。

 

「司波君には、彼女の壁になってもらいたいのですよ」

 

「壁……ですか?」

 

「はい。彼女……平河千秋さんの魔法工学の成績は、貴方に次ぐ二位でした。点数は九十二点で普通ならトップでもおかしくない成績です」

 

 

 鈴音が何を言おうとしてるのかまだ掴めてない達也は、鈴音の言葉をさえぎる事無く続きを待った。

 

「司波君はハードの方もかなりの技術を有していますし、二年には中条さんや五十里君といった優秀なタレントも居ます。ですが、その三人を除くと、当校の技術レベルは大幅に下がってしまうのです」

 

「それで平河千秋ですか」

 

 

 鈴音が何を言いたいのか、これから何をしに行くのかに見当が付いた達也はつぶやくようにそう言った。

 

「今回の事件が起こるまで知りませんでしたが、彼女は魔法工学においては優秀な成績を収めていたのです。このまま手放すのは惜しいタレントなのですよ」

 

「姉の平河小春さんも優秀な技術者ですし、妹の千秋がそれだけの成績を収めていてもおかしくはないでしょう」

 

「ええ。お姉さんの方は今回は残念でしたが、論文コンペの代表に選ばれるだけの知識も持ち合わせてますし、その妹となれば例え二科生であっても優秀なエンジニアになれる素質があると判断したのです」

 

 

 鈴音の考えを達也は当たり前のように受け取っていたが、護衛として付いてきていた服部にはかなりの衝撃を与えていた。

 彼は鈴音や達也のように簡単に割り切れるほどの経験は無い。高校生としては当たり前で、むしろ鈴音や達也の方が異常なのだが、この場においてはそんな常識は通用しなかった。

 

「それで司波君には彼女を煽ってもらいたいのですが」

 

「これ以上刺激すると拙いのでは? 質問に答える程度の事なら兎も角、これ以上俺を意識させるのは彼女の精神に掛かる負担が大きすぎる気がするんですが」

 

「その点は大丈夫だと思います。先ほど安宿先生からの連絡があったのですが、昨日意識を失って目覚めたら自分が何で司波君を恨んでいたのか覚えてなかったようなのです」

 

「………」

 

 

 達也には、千秋を洗脳した術者が自分の事を話される前に手を打ったのだとすぐに分かったが、鈴音や服部にはそんな事を考えられるだけの情報が無かったので気にした様子は無かった。

 

「ですから司波君は普通に接してくれれば大丈夫ですよ」

 

「分かりました……ところで安宿先生はまだ?」

 

「平河さんの病室に居ると思いますが……ここですね」

 

 

 千秋の病室の前で立ち止まり、鈴音がノックをした。

 

『は~い、どなたですか~?』

 

「市原です」

 

『どうぞ~』

 

 

 返事をしたのが千秋で無いのは明らかだった。そして達也にはその声の主が誰かも分かっていた。もちろん他の二人にも。

 

「いらっしゃい」

 

「あっ……司波君」

 

「平河先輩、もう大丈夫なんですか?」

 

「おかげさまで。明日は応援に行けそうよ」

 

「そうですか……それで、千秋は大丈夫なのか?」

 

 

 達也が千秋を名前で呼んだ事に、鈴音と怜美はブスっとした表情で見ていたが、服部が視線を向けるとすぐに表情を改めた。

 

「大丈夫……何かゴメンね。私、司波君に色々したみたいなんだけど覚えてないんだ」

 

「別に構わない。小春さんがあんな状態だったし、俺が代表の座を奪ったと考えてしまったのはしょうがないだろ」

 

「でも、司波君はお姉ちゃんが学校を辞めないように説得してくれたし、お姉ちゃんの推薦で代役に選ばれたのに……私は何でそんな勘違いをしたんだろう……」

 

 

 達也は怜美に視線を向け今の千秋の状況を聞いた。だが怜美は無言で首を振るだけでめぼしい情報は得られなかった。

 

「明日は来れそうなのか?」

 

「皆の邪魔をした私が行っても……」

 

「来たほうが良いと思うぞ。小春さんが本来やるはずだった代表、来年は千秋が目指してみるのも良いだろう。その為には各校の代表のレベルを知っておくのも大事だ」

 

「私が……代表に? でも私は二科生だし……」

 

「忘れてるのか? 俺も二科生だ」

 

 

 千秋が失念していた事を指摘しながら、達也は苦笑いを浮かべた。

 

「安宿先生が付き添ってくれるだろうし、小春さんも一緒なら大丈夫だろ?」

 

「そう……だね。分かった。明日会場に行ってみるよ」

 

「司波君、私だけじゃなく千秋の事まで……本当にゴメンなさい」

 

 

 小春の謝罪を受け入れて、達也は鈴音と服部と共に病室からお暇する事にしたのだった。

 

「司波君」

 

「何でしょう、市原先輩」

 

 

 廊下に出てすぐに鈴音は不機嫌そうな声で達也を呼んだ。呼ばれた方の達也は、何となく鈴音が不機嫌そうな理由に心当たりがありそうな表情で振り返ったと、服部には思えたのだった。

 

「平河千秋さんに前を向かせたのは見事でしたが……何故彼女たち姉妹は名前で呼び、私は苗字なのですか!」

 

「あの空間に平河は二人居ました。苗字で呼ぶよりも名前で呼んだほうが効率的だと思いますけど」

 

「ですが平河小春さんには『先輩』とつければ区別が出来ます! 妹さんは兎も角として平河さんを名前で呼ぶ理由は無かったと思いますけど」

 

「……何を怒ってるのか知りませんけど、急いで学校に行かないと最終チェックが出来ませんよ、鈴音先輩」

 

 

 鈴音が何をして欲しかったのかを完全に理解していた達也は、あっさりとそう呼んで先に歩いていってしまう。

 呼ばれた方の鈴音は、一瞬思考停止したがすぐに再開して顔を真っ赤にしたのだった。




原作では鈴音の半脅迫じみたシーンだったのですが、ここでは達也がマイルドに変化させました。

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