劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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地味に思えるのが凄い


勝成の魔法

 三人はいきなり全身に圧迫感を覚えた。彼らは別々に、反射的に耐圧シールドを張ってから、圧迫感の正体を覚る。彼らの周りの気圧が上昇しているのだ。彼らがシールドを張った直後、それに呼応するように気圧はさらに、急激に上昇する。

 

「(『冷却領域(チリングフィールド)』展開)」

 

「(『冷却領域(チリングフィールド)』展開)」

 

「(『冷却領域(チリングフィールド)』展開)」

 

 

 リゲルの命令は、三人同時の思考となって全く同じ魔法が放たれる。圧力以上に激しく上昇した温度に対応する為、自分の周囲に気温を引き下げるフィールドを形成したのだ。今や圧力よりも高温の方が脅威だった。三倍程度の気圧は、肉体の順応速度の限界内であれば耐えられる。だが空気の加圧により事後的に――世界が辻褄を合わせる為に――発生した高温は摂氏で六百度を超え、パラサイトの肉体でも耐えられない。――勝成の得意魔法は『密度操作』。厳密には『密度・圧力操作』。自然な状態では比例的に変動する密度と圧力を、別々に操作する魔法。圧力を変えずに密度を操作する、密度を変えずに圧力を操作する、密度と圧力を同時に操作する。使い方はこの三通りだ。このケースでは空気の密度を変えずに圧力を高めている。

 達也の『分解』や深雪の『広域冷却』に比べれば一見、地味に思われる。だが、たかが三倍の加圧でもこれだけの殺傷力を発揮するのだ。勝成が「単純な魔法戦闘力ならば四葉分家最強」と評価されているのは、故無きことではない。

 三体のパラサイトは、高熱から逃れる為に魔法力の大半を『冷却領域』に注いだ。その甲斐あって、彼らに接している空気は外気温と同じ摂氏三十度前後に保たれている。しかし当然というべきか、勝成の攻撃はそれで終わりではなかった。

 いきなり、彼らを締め付けていた圧力が消失する。高圧状態が解消されただけではない。魔法の終了により気圧と気温が元に戻った直後、瞬間的に密度を下げることで減圧したのだ。

 密度の低下による事後的な空気膨張で彼らを中心に爆風が発生し、近くにいた上陸部隊を薙ぎ倒す。中心にいたミゲルたちの周りでは気圧と気温が急低下した。

 気圧は通常の三分の一、気温は氷点下五十度以下。『冷却領域』を展開中だった三人――三体のパラサイトは、この温度変化に対応できない。細かな氷の粒で覆われて凍り付くパラサイトの肉体。だが、リゲルはまだ、死んでいなかった。

 直径五十センチ程の岩が群れを成して、リゲルたちを含めた上陸部隊に降り注ぐ。勝成の部下が敵の混乱に乗じて飛ばしたものだ。リゲルは凍り付いた状態で自分を直撃するコースの岩を一メートル手前で撥ね返した。それは隣にいたベラトリックスも守る結果にもなった。

 それだけではない。リゲルは凍り付いた自らの肉体を融かした。凍結は身体の表面に止まっていたのだろう。彼はすぐに動き出し、部下の安否を確かめる。リゲルに続いてベラトリックスも、自力で凍結状態から脱した。

 

「イアン!」

 

 

 それを目にして、リゲルは思念ではなく声でベラトリックスのファーストネームを呼んだ。

 

「隊長、ありがとうございます」

 

 

 ベラトリックスが感謝の言葉を返す。凍り付いた状態でも、彼は自分が岩石弾の攻撃からリゲルによって守られたことを認識していた。リゲルはベラトリックスに頷いて、反対側へ振り向いた。

 

「サム!」

 

 

 そして悲痛な叫びを上げる。サム――サミュエル・アルニラムの頭部は岩石に押しつぶされていた。運が悪く岩石弾が直撃したのだ。確かめるまでもない。即死だ。

 それを目で認識して、リゲルはようやく意識共有が切れているのに気付いた、同化した宿主を失ったパラサイトの本体は、人間的な思考能力を失う。人間と同化状態のパラサイトには、その存在と本能的な霊子波のシグナルを感じ取ることしかできない。

 

「イアン、行くぞ!」

 

「イエッサー!」

 

 

 彼らが声でコミュニケーションを取ったのは、アルニラムの意識が消失したのを感じたくなかったからだろうか。リゲルとベラトリックスが同時に走り出した。

 『オリオンチーム』とも呼ばれていた第六隊が本来得意とする戦闘スタイルは、自己加速魔法による高機動力を活かした接近戦だ。今まで中距離の撃ち合いに終始していたのは、上陸部隊のメンバー同士の連携を無視できないからだった。

 だがアルニラムを失ったことにより、リゲルもベラトリックスも他の隊員に対する配慮を捨てた。彼らは復讐心に駆られて、勝成のみを標的に定めた。――アルニラムを直接殺した魔法は勝成が放ったものではないが、そうなる状況を作り出したのは紛れもなく彼だったからだ。

 リゲルたちは瞬く間に勝成に迫った。勝成の部下も手をこまねいていたわけではなかったが、リゲルとベラトリックスの動きを追えた者はいなかった。

 だが、二体のパラサイトはあと五メートルという所でいきなり体勢を崩した。転倒こそしなかったが、蹈鞴を踏んで足を鈍らせる。彼らの足下には大きな足跡が刻まれていた。よく見れば、勝成を中心として半円状に溶岩原が柔らかな砂と化している。これもまた『密度操作』の効果だった。




全然地味じゃないのに……

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