劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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見られないようにしてましたからね


初めての光景

 『アストラル・ディスパージョン』でパラサイトを殺害した達也は、左手で腰から拳銃形態のCAD、愛機シルバー・ホーン・カスタム『トライデント』を抜いて俯せに倒れたままの奏太へ向けた。『再成』の発動。

 ヘルメットの下で、達也が微かに眉を顰める。奏太が右腕を燃やされた際の痛みを百倍以上に凝縮した痛覚の追体験は、さすがに無視できないものだったのだ。しかしその痛みに対して、達也が見せた反応はそれだけだ。

 焼け落ちた奏太の右腕を復元した達也は、ヘルメット側面のパネルを操作して移動基地に通信を繋いだ。

 

「勝成さん」

 

『達也君、どうした』

 

「堤奏太が食糧倉庫の屋根の上に倒れています。救護班の手配を」

 

 

 通信機が微かに、だが確実に息を呑む音を伝える。

 

『――怪我の状態は?』

 

「負傷はありません。意識を失っているだけです」

 

『そうか。感謝する』

 

 

 勝成は説明されなくても、気絶する程の重傷を負った奏太を達也が魔法で治してくれたのだと理解した。

 

「俺は引き続きパラサイトを掃討します」

 

『了解した』

 

 

 現時点における達也の役目は、パラサイトの本体を逃がさないこと。ミマスの例でも分かるように、単に殺しただけでは本当の意味でパラサイトを仕留めたことにはならない。死体を抜け出して、次の宿主に移動するだけだ。

 同化には「強く純度の強い欲求を持つ人間」という条件があり宿主となった者が常にパラサイト化するわけではない。だが同化に失敗しても、パラサイトの本体は宿主を渡り歩くだけでこの世界から消えて無くなりはしない。

 その点『雲散霧消』と『アストラル・ディスパージョン』を持つ達也ならば、パラサイトの肉体と本体をどちらも滅ぼすことができる。達也は次の獲物を求めて、食糧庫の屋根の上から飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七体のパラサイトが、クロスボウで武装した守備隊に襲いかかる。守備隊はクロスボウを投げ捨て矢を直接魔法で放つなどして反撃するが、状況は劣勢だ。一人、また一人とパラサイトの猛攻に倒れていく。

 

「ああっ、また!」

 

 

 その光景をシェルターの大型ディスプレイで見ていたエリカが嘆きの声を上げた。

 

「クッ……援軍はまだかよっ!」

 

 

 その隣でレオが歯ぎしりを漏らし、口惜しげに吐き捨てる。

 

「僕たちが相手にしたパラサイトとはレベルが違う……」

 

 

 二人に比べて幹比古はまだ落ち着きを保っているが、それでも驚愕を隠しきれていなかった。

 

「もう我慢できない! 水波、ドアを開けて!」

 

 

 エリカが勢い良く立ち上がり、水波に向かって怒鳴る。大声を浴びせられた水波は、動揺を見せなかった。

 

「どちらに向かわれるのですか?」

 

「助太刀よ! 決まってるでしょう!」

 

「どちらに向かわれるのですか?」

 

 

 エリカの答えに、水波はもう一度、全く同じ質問を繰り返した。

 

「なっ……」

 

「島内では現在、九箇所で戦闘が発生しています。内三箇所で味方は劣勢です。しかし既に、各所へ向けて増援が出発しました。間も無く戦況は逆転すると思われます」

 

 

 そしてエリカが絶句している間に、すらすらと情勢を説明する。

 

「じゃあ、どうするのよ。放っておくの」

 

 

 気勢を殺がれたエリカが、不貞腐れ気味の口調で言い返した。

 

「いえ、間も無く」

 

 

 やはり水波の態度は、小揺るぎもしない。彼女の目はエリカではなく、脇のコンソールに向けられている。そこに表示されているデータが水波に自信を与えているのだろう。

 

「何が!?」

 

「いらっしゃいました」

 

 

 水波の視線がコンソールの小型モニターから壁の大型ディスプレイに移動する。つられてエリカが目を動かした。それと、ほぼ同時。フレームの中に、暗色の戦闘スーツを纏った人影が舞い降りる。

 

「達也くん!?」

 

 

 その戦闘スーツは、先程達也が身に着けていた物。ヘルメットで顔が隠れていても、エリカたちにはそれが誰だかすぐに分かった。

 達也が何も持っていない右手をパラサイトに向けて一振りする。それだけで七体いたパラサイトの半数以上、四体が消えた。ディスプレイに向けられた三人の目が大きく見開かれる。

 

「何だ、ありゃあ……」

 

 

 呆然と、レオが呟く。

 

「達也さまのスーツには、完全思考操作型CADが内蔵されています」

 

 

 すかさず水波が、解説を加える。しかしそれは、彼の疑問を解消できるものではなかった。いや、そもそもレオのセリフは、質問ではなかった。

 

「これは魔法? これが達也の魔法なのかい……?」

 

 

 幹比古の呟きも質問ではなかったが、水波は律義に「申し訳ございません」と応えた。

 

「その件に関しては、お答えする権限を与えられておりません」

 

 

 水波の答えに、幹比古だけでなくレオも不満を唱えなかった。三人は何度か達也と戦場を共にしている。だが達也の戦う姿を詳しく見るのは、これが初めてだった。――婚約者のエリカでさえ、彼が『雲散霧消』で「人」を消し去る光景を目にするのは。

 画面の中で、達也がもう一度手を振る。それだけで、三十人以上の守備隊を圧倒していたパラサイトが、一体残らず消え失せた。

 直後、映像が別の場面に切り替わる。そのことに対する不満の声は上がらなかった。

 

「あれが……あんなものが魔法だっていうのかい……?」

 

 

 ただ慄然とした幹比古の呟きが全員の耳を通り過ぎて、消えた。




昔なら幹比古、吐いてそう……

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