劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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第三者と言って良いのだろうか


第三者の参戦

 ミマスの攻撃を受け、奏太の口から苦鳴が漏れる。

 

「グァアアアッ!」

 

 

 彼は右腕を前に突き出した姿勢で両膝を突いた。奏太は無警戒でいたわけではない。左腕を盾にして『フォノンメーザー』を受け止めたパラサイトが、反撃の魔法を放とうとしている気配は彼も捉えていた。だがパラサイトは、そこからが速かった。二射目の『フォノンメーザー』を放つ為の起動式の読み込み段階に入っていた。それにも拘わらず、魔法が完成したのはパラサイトが先だった。

 熱い、とは感じなかった。奏太を襲ったのは激痛、ただ「痛い」という感覚が、彼の心を占めていた。腕が炎に包まれたのは一瞬のこと。その短い時間で、彼の右腕は上腕部の半ばまでが黒く炭化していた。既に右腕の感覚は無い。今は肩の付け根が激しい痛みを伝えていた。右手に握っていたCADが倉庫の陸屋根に音を立てて落下する。炭化した右手の指と共に。一泊遅れて、肘から先がもげて落ちる。落下の衝撃で黒焦げになった皮膚と筋肉細胞が飛び散り、その下から白骨がのぞいた。

 

「――クソがぁ!」

 

 

 右腕の喪失を目の当たりにしたことで、痛みを上回る闘志が湧き上がったのか。意味の無い叫びは己を鼓舞し敵を呪う罵倒に変わり、奏太はガクガクと膝を震わせながら腰を浮かせた。その目に宿るのは、闘志と殺意。そして、魔法を使おうとする明確な意志。

 しかし、痛みに侵されCADも使えない今の状態では、パラサイト相手に先手を取ることは尚更できない。奏太が魔法式を完成させるより早く、パラサイト――ミマスの魔法が発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右腕を燃やされても、四葉の魔法師は戦意を喪失しなかった。それどころか片腕を失った状態で、反撃の魔法を放とうとしている。その姿には、パラサイトとなったミマスも感心せずにはいられない。

 だからこそ、ここで見逃すという選択肢はない。タフな敵を放置すれば、味方に損害をもたらす。ミマスは『生体発火』の魔法式を、今の自分が発揮できる最大出力で構築した。

 重傷を負っている敵――奏太を殺すのにこの威力は必要ない。これは苦しまないで済むように一瞬で殺してやろうという、敬意を払うべき敵に対するミマスの配慮だった。パラサイト化した魔法師はCADが不要になり魔法の発動速度が向上する。必要以上の威力を込めた魔法だが、ミマスの『生体発火』は奏太が構築しようとしていた魔法よりも先に完成した。

 ミマスが『生体発火』を放った。奏太の全身は瞬く間に燃え落ちる――はずだった。

 

「なにっ?」

 

 

 だが何も起きない。確かに魔法が発動した手応えがあったのに、それが人体発火現象となって現実化する直前でキャンセルされた。魔法がかき消されたのだ。何者かの手によって。

 ミマスは慌てて振り返った。何かの気配を感じ取ったというわけではない。それは完全に、直感のみに突き動かされた行動だった。

 背後には、要所を装甲で守った戦闘スーツ姿の人影が立っていた。顔はヘルメットに隠れて分からない。シルエットから見て、性別はおそらく男。何も持たぬ右手をミマスに向けて真っ直ぐに差し伸べている。

 

「(この男――!)」

 

 

 何者なのかは知れないが、この男が自分の魔法をかき消したのだと、ミマスは直感的に理解した。ミマスはヘルメットの男に『生体発火』の照準を合わせる。この瞬間彼は、奏太のことを忘れていた。

 身体ごと完全に振り返ったミマスの、目と耳と鼻と口からいきなり血が噴き出した。ミマスの身体が前のめりに倒れる。その後頭部には、焼け焦げた穴が空いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵の死を見届けて安心したかのように、奏太もまた、俯せに倒れた。ミマスを斃したのは、奏太が最後の力を振り絞って放った『フォノンメーザー』だ。結果としては未発に終わったミマスの『生体発火』を浴びている最中にも、奏太は『フォノンメーザー』の魔法式構築を止めていなかったのである。

 奏太が視線で放った『フォノンメーザー』は、見事にミマスの後頭部を貫いて、その脳を焼いた。パラサイトの顔の穴から噴き出した血は、脳漿の沸騰で頭蓋骨内から押し出されたものだ。脳を破壊されれば、パラサイトも肉体的な死を迎える。だがそれだけでは、パラサイトの本体は滅びない。死体から抜け出すだけだ。

 精神体に戻ったパラサイトは、骸となった肉体に代わる宿主を求めて生きている人間に取り憑こうとする。数秒前まで『ミマス』だったパラサイトの下には、意識を無くした人体が倒れている。

 パラサイトは存在の安定を求める本能に従って、とりあえず奏太の肉体に逃げ込もうとした。だが奏太の肉体に移動しようとしたパラサイトは突如、本体の核である霊子情報体をこの世界で支えている想子情報体の骨格を失った。存在の基盤である想子情報体を、粉々に分解された。

 この世界に依って立つ足場を破壊された精神生命体が、不可視の渦に呑み込まれるようにして消え失せる。

 スターズ衛星級魔法師アレハンドロ・ミマス軍曹に宿っていたパラサイトは、我々の宇宙から消滅した。




やっぱりレベチ……

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