劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也には必要ないし


深雪の為のシステム

 遠慮する深雪に、達也が彼女の視線を受けるまでもなく助言する。いや、助言と言うより指図か。

 

「深雪、お言葉に甘えさせてもらえ。指揮官席には、お前に必要な機能が備わっている」

 

「ですが――いえ、達也様がそう仰るのでしたら」

 

 

 予想外の言葉を掛けられ、深雪はうっかり達也の言葉を否定しそうになったが、幸いにも勝成も他の者も、指令室内に不審感を懐いた者はいなかった。

 深雪は指揮官シートに腰を掛けようとして、その直前に再び勝成と目を合わせる。

 

「では勝成さんはどうなさるのですか?」

 

「私は北東沿岸の移動基地から指揮を執る」

 

 

 彼が言う移動基地とは戦術データリンクシステムを組み込んだ装甲ワゴン車のことで、この指令室のコンピューターとつながっている。

 

「ここからでも飛行デバイスを使えば大して時間はかからないが、現場に近い方がやはり、いろいろと都合が良い」

 

「分かりました。お気を付けて」

 

「ありがとう」

 

 

 勝成がヘルメットを小脇に抱えて指令室を後にする。深雪は指揮官シートに腰を下ろして、傍らに立つ達也を見上げた。

 

「――達也様、教えてください。このシートの機能とは何なのですか?」

 

「厳密にはシートの機能というよりデスクの機能だ」

 

「デスク……?」

 

 

 深雪が訝し気な表情を浮かべる。それも無理はない。周囲の床より一段高くなった円形の壇の上に据え付けられている指揮官シートの前には何もない。今は座っている深雪の姿が、周りにいるスタッフから足の先まで見えている状態だ。

 

「説明するより使ってみた方が早い」

 

 

 そう言って達也は、深雪の右斜め後ろに移動した。訝し気な表情を浮かべたまま、目で達也を追い掛ける深雪。達也は深雪の肩越しに、右アームレストの内側に右手を伸ばした。

 後ろから抱きすくめられるような体勢に、深雪が硬直する。達也の右手がアームレストの内側に目立たぬよう配置されたボタンを押した。

 達也が身体を起こす。その直後、シートの背後を円弧を描いて囲んでいた壁が深雪の左側から前へと移動を始めた。指揮官シートの前に回り込んだ壁が、今度はシートの方へと移動を始める。

 アームレストより外側は根元から、正面は上面十センチのみ深雪の手許まで寄り、円弧の壁はシートを囲むデスクに変化した。

 

「これはいったい……?」

 

 

 大袈裟なギミックに、深雪が目を丸くする。

 

「正直、遊びすぎだと思うんだが……」

 

 

 達也が苦笑いをしているところを見ると、これは彼が設計したものではないのだろう。

 

「この改築を担当した技術者が、特撮マニアか何かだったのだろうね」

 

 

 達也もこのギミックに対して「おかしい」と感じていると知って、深雪は少し安心している様子だった。

 

「……それで、役に立つ機能というのは?」

 

「これだ」

 

 

 移動してきたデスクの外側に逃げていた達也が、手を伸ばして深雪の右側の卓上に現れたタッチボタンの一つに触れた。デスクの外側が開き、内蔵されていたマイクスタンドのようなアームが深雪の前に伸びる。

 

「達也様、これは?」

 

「深雪、昨晩渡したCADは持っているね?」

 

「もちろんです」

 

「それをここにセットして」

 

 

 達也が指差したアームの先端は小さなピストルラックの様な形状になっていた。そこに拳銃形態のデバイスを乗せると「銃身」を左右から自動的に挿み込んでCADを固定する。グリップの部分はむき出しなので、アームにセットしたままCADの操作が可能だ。

 

「このアームにはCADの照準補助を拡張する機能がある。アームにCADをセットした状態でメインスクリーンの映像に『銃口』を向けると、指令室の戦術コンピューターが照準した物体の位置データを起動式のフォーマットでCADに送信してくれる。無論、CADが戦術データを受信・利用できなければならないが、そのCADはシステムに対応済みだ。座ったままで半径五十キロ以内の任意の地点、物体を目視しているのと変わりなく照準できる」

 

「達也様が『精霊の眼』で狙いを定められるように、ですか……?」

 

 

 深雪はこのシステムが、彼女の為の物だと理解した。『精霊の眼』を持つ達也は、このシステムを必要としない。本当は『サード・アイ』のような遠距離照準補助のCADが無くても、単純に航空映像なり衛星映像なりを見るだけで、達也は自力で照準が可能だ。このシステムは『精霊の眼』で位置情報を取得するプロセスを機械で代行するものと言える。

 ではこのシステムがあれば他の魔法師にも達也と同じ真似ができるかと言えば、それは無理だろう。普通の魔法師には、幾ら起動式の形で位置情報が提供されているからといって、何十キロも遠方の物体や領域にピンポイントで魔法を作用させることはできない。新ソ連のベゾブラゾフをはじめとする『十三使徒』に匹敵する魔法力が必要だ。例えば、深雪のように。

 

「戦術コンピューターにつながっている索敵システムの機能を上げれば、それこそ地球の裏側にも届くのだがな。ここのシステムでは、半径五十キロが精一杯だ」

 

 

 誰がこのシステムをこの場に作ったのだろうか。達也の発案によるものとは、深雪には思えなかった。達也は魔法師を兵器システムの一部とすることに反対している。少なくとも、深雪を兵器のパーツとすることを達也は善しとしないはずだ。では真夜が、深雪を軍事力として利用する為に設置を命じたのだろうか……。




それでも十分凄いって……

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