劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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危ない状況なのに


開戦間近

 国防軍は迷走を始めていたが、巳焼島のオーナーでもある四葉家に迷いは無かった。

 

「グアム、間もなく領海に侵入します。現在の速度であと五分」

 

 

 八時二十分。巳焼島の西岸、かつて島に収容していた重犯罪者魔法師の脱走監視施設を改築して造った私設防衛指令室で、海上の監視を担当する職員による緊迫した声の報告が上がった。

 

『迎撃部隊の戦闘準備は完了しています』

 

 

 無線機で報告してきたのは真夜から防衛指揮を委ねられた新発田勝成のガーディアン、堤奏太だ。

 

「奏太、少し落ち着け。出撃は相手が行動を起こしてからだ」

 

 

 スピーカーの声から奏太が逸っていると感じた勝成が、フライングしないよう釘を刺す。

 

『分かっていますよ、マスター。攻撃を受けたから自衛したって名目が必要だということは、忘れていません』

 

 

 まるで喫茶店の店主を呼ぶような「マスター」という発音もあって、奏太の口調はどうにも真剣味に欠けて聞こえるが、彼の忠誠心に疑いの余地は無い。勝成はくどくどと注意を繰り返したりはせず、正面の壁一杯に広がるメインスクリーンに目を向けた。

 この指令室には窓が無い。普段は窓の代わりに外の景色を映し出しているメインスクリーンには今、この島を取り巻く様々な情報が表示されている。勝成は指揮官用の多機能シートの上から、そこに表示されているUSNA艦のデータをジッと見つめた。

 

「グアム、減速しました」

 

 

 オペレーターの報告した内容と同じデータをメインスクリーンから読み取った勝成は、指揮官シート内蔵のインカムを操作する。

 

「達也君、敵艦に動きがあった。深雪さんと一緒に指令室まで来てくれないか」

 

 

 彼はマイクに向かって、そう話しかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪は朝食後に達也と別れ、水波、エリカ、レオ、幹比古を連れて居住棟地下のシェルターに移動していた。地下シェルターといっても地上階と同じ広さがあり、居住性は快適だ。室内には島内全域を映し出す四枚の大型ディスプレイが備わっており、利便性はむしろ、地上のゲストルームより地下シェルターの方が勝っている。

 いまのところ、島内に異常は見られない。何時もと違う点は、東岸のプラント区画から民間人――四葉家の戦闘員ではないという意味での――が避難しているということだけか。今日は日曜日なので、プラントの建設やテスト運転が止まっているのは何時も通りだ。

 とはいえ避難した科学者、技術者の代わりに戦闘員の増援が配備されているので、人が少ないということはない。屋外に出ている人影は普段よりむしろ多いくらいだった。

 USNAの軍艦は、まだ視界に入っていない。シェルターから利用できるカメラは沿岸部までしか映さない。具体的には海岸線から約八キロ、海抜五メートルの高さに視点を設定した水平線が限度だ。領海の境界線、十二海里=約二十二キロまでは映らない。

 その平和的とは言えないまでも切迫感に欠ける映像が物足りなくなったのか、エリカがディスプレイから目を離して深雪の方へ振り向いた。

 

「敵艦は何処まで来ているの?」

 

「水波ちゃん、分かる?」

 

 

 深雪はエリカの問いかけを水波につないだ。

 

「……領海まであと三キロです」

 

 

 椅子に腰掛けず、室内の諸設備を集中管理するコンソールの前に陣取っていた水波が、情報端末のキーボードを操作して指令室の管理下にある軍事情報システムから答えを引き出した。同じシェルターでも民間人を収容した部屋では調べられなかったに違いない。本家次期当主の婚約者が利用する、VIPルームだからこそ可能なことだった。

 

「領海まで三キロってことは、沿岸まで……ええと」

 

「約二十五キロです、西城先輩」

 

 

 口を挿んだレオにも、水波が丁寧に答える。

 

「二十五キロか。まだランチャーの射程外だよな」

 

 

 レオの言う「ランチャー」は前の大戦中に戦闘艦の対地攻撃用主兵器となった『フレミングランチャー』のことだ。電磁投射機構で大型爆弾を飛ばすフレミングランチャーの一般的な射程距離は二十キロメートルとされている。

 

「ミサイルならとっくに射程内だよ」

 

 

 今度は、レオのセリフに幹比古が応えた。

 

「まだ撃ってこないということは、上陸を企んでいるんじゃないかな。桜井さん、接近しているのは駆逐艦? 揚陸艦?」

 

 

 水波がチラッと深雪を窺い見る。深雪が頷くのを確認して、水波は幹比古の質問に「強襲揚陸艦です」と答えた。

 

「やっぱり上陸作戦か。相手も無差別に爆撃するのではなく、狙いを達也に絞ってきているようだね」

 

 

 幹比古の推測を聞いて、エリカがバカにしたように鼻を鳴らす。

 

「どうせすぐ無差別爆撃に切り替えるわよ。達也くんを暗殺なんて、上手くいくはずないじゃない」

 

 

 反論の声は上がらない。レオと幹比古が納得顔で頷く横で、深雪が美し過ぎて人間味に欠ける笑みを浮かべていたのが印象的だった。

 何となく、会話が途切れる。まるで静寂が訪れるのを狙っていたかのように突然、部屋の扉が開いた。

 

「達也様」

 

 

 三重になっているスライドドアが開ききる前に立ちあがっていた深雪が、丁寧なお辞儀と共に達也を迎える。一拍遅れた水波が、慌てて腰を折った。




学生の会話とは思えない

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