劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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個人から知らされることではない


緊急度の高い優先事項

 達也が席を外した小食堂では、水波を中心にして微妙な雰囲気が形成されていた。彼女以外は三年生、彼女だけが二年生という事情もその空気の一因だろう。だが主な理由は、友人が水波を襲った災難について、中途半端に知っているという点にあった。

 

「あーっ、桜井。身体はもう良いのか?」

 

 

 最初に気まずい空気を打破しようと口を開いたのはレオだった。彼と水波は山岳部の先輩・後輩の間柄だ。

 

「ご心配をお掛けしました。肉体的にはすっかり回復していると、お医者様にもお墨付きをいただいています」

 

「良かったじゃねぇか!」

 

「ただ、魔法は使えなくなってしまいましたが」

 

「えっ!?」

 

 

 驚きの声を漏らしたのは、レオだけではなかった。水波が魔法師として優れた才能の持ち主だった事を全員が知っている。その彼女が魔法を使えなくなったという告白は、皆に大きなショックを与えていた。

 

「西城先輩や皆さんにはお世話になりましたが、多分、一高を退学することになると思います」

 

「……学校を辞めて、どうするんだ?」

 

「達也さまより、引き続きお二人にお仕えしても良いとのお言葉を頂戴しておりますので、甘えさせていただくおつもりです。そして、達也さまが一高を卒業した暁には、達也さまの妻の一人として、生涯お仕えさせていただきたいと思っております」

 

 

 水波のセリフに、エリカが大きく――大げさすぎる程の仕草で頷いた。

 

「そうね! 魔法師だけが生きる道じゃないわね」

 

「そうだね。簡単に納得できることじゃないだろうし、気持ちの整理がつくまでには時間が掛かると思うけど……世の中、魔法を使えない人間の方が多いんだから」

 

「水波ちゃんは一般科目の成績も良かったよね? 文系でも理系でも、その気になれば普通の高校に転校して一流の大学に進学できるわよ」

 

「水波ちゃんはお料理だってとても上手ですよ」

 

「うん。家のメイドに欲しいくらい。水波、私の家で雇われない?」

 

 

 ほのかのセリフに続くように美月が水波のことを褒め、雫が冗談とも聞こえないトーンでスカウトをする。

 

「い、いえ。申し訳ございません、私は……」

 

「駄目よ、雫。水波ちゃんは渡せないわ」

 

「ケチ」

 

 

 雫の一言に笑いが零れる。その場に漂っていた気まずい空気が、少し緩和された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂に戻った達也は息苦しい雰囲気の残り香を嗅ぎ取ったが、何があったのか尋ねたりはしなかった。今は緊急度の高い優先事項が他にあった。

 

「皆、大事な話がある」

 

「一条さんからのお電話に関わるお話ですか?」

 

「そうだ。雫、別荘行きは中止した方が良い」

 

「何があったの?」

 

 

 雫は達也の目を正面から見返しながら、「何か」ではなく「何が」と尋ねた。達也の警告が根拠のあるものだと彼女は理解している。その上で、事情を明かせと要求している。船で後一日足らずの距離まで接近されながら警報を出していないということは、政府か軍に何か公表したくない理由があるのだ。その思惑まで推測できてしまう達也は、今ここで事実を明かして良いのかどうか、迷わずにいられなかった。

 だが自分に向けられている眼差しを見て――雫だけでなくほのか、エリカ、美月、レオ、幹比古、そして深雪の瞳に込められた熱を感じて、隠蔽は無駄だと覚った。本当のことを言わなければ、友人たちは予定を変えないだろう。それどころか、この島に居座るかもしれない。元々達也は、深雪には後で説明するつもりだった。だがどうやら、予定を変更しなければならないようだ。

 

「早ければ明日、この島はUSNAの強襲揚陸艦と駆逐艦の攻撃を受ける。戦闘が小笠原諸島に飛び火する可能性は否定できない」

 

「アメリカが攻めてくるっていうの!?」

 

「そうじゃない」

 

 

 エリカの叫びに、達也は首を横に振った。それだけではエリカは納得しないということも分かっているので、達也は引き続き事情の説明をする。

 

「USNAが国として日本に攻撃を仕掛けてきたのではないことは分かっている」

 

 

 達也は「分かっている」と断言したが、実際には確たる根拠はなかった。あくまでも推測でしかないし、この場にいる友人――主にほのかと美月を安心させる為に断言したに過ぎない。

 

「おそらく、エドワード・クラークがパラサイトと軍の一部を唆して破れかぶれの賭けに出たのだろう。この攻撃が失敗すれば、USNA政府はクラークを見捨てるに違いない」

 

 

 推測だが、達也には確信があった。カーティス上院議員や原潜空母のカーティス艦長とそのクルー、水波を奪還に向かう途中で通信を交わした名も知らぬ空母の艦長など、USNAの政治家・軍人と接触した経験から、アメリカ人はマスヒステリーに陥るまでには、自分のことをまだ恐れていないという感触を達也は得ていた。

 今のところUSNAは、大亜連合の太平洋進出を食い止めている日本という防波堤を放棄する程の脅威を覚えていない。今回の戦闘結果次第で脅威判定は変わるかもしれないが、それならば今後の手出しを躊躇うよう徹底的に自分たちの力を見せつけてやるまでだ。実を言えば、強襲揚陸艦の来襲はいい機会だと達也は考えていた。




既に切られてる感じだけど

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