劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也なら知ってそうだけども


将輝からの情報

 保留状態を解除して大型モニターの画面に登場した将輝に、達也はまず謝罪を述べた。

 

「待たせてすまない」

 

『いや、こちらの方こそ突然で申し訳ない』

 

 

 達也も将輝も魔法が絡まない日常的な部分では常識人だ。いきなり憎まれ口を叩きあうとか前置きを無視して一方的に用件を捲し立てるような真似はしない。

 とはいえ、仲良く世間話に興じる仲でもない。達也は段取りを踏んだ上で、本題に入るよう促した。

 

「急な用があるのだろう? 何があったんだ?」

 

『実は、親父が国防軍の知り合いから聞いてきた話なんだが』

 

「一条殿が?」

 

 

 ○○殿というのは十師族の間で他家の当主を呼ぶ時に使われる表現だ。この場合の「一条殿」は将輝の父親で一条家の当主、一条剛毅を指す。

 

『司波、落ちついて聞いてくれ』

 

 

 客観的に見て落ち着きを必要とするのは、どちらかと言えば将輝の方だったが、達也は「俺は落ち着いている」といった類いの茶々を入れなかった。

 

『USNAの強襲揚陸艦グアムが駆逐艦二隻を引き連れて伊豆諸島に向かっている。標的はおそらく、お前だ』

 

「……演習目的ではなく攻撃を意図しているのは確かか?」

 

『航海目的の問い合わせに米軍は答えなかったらしい』

 

「確かにそれは、演習ではないな」

 

『戦闘艦三隻は真っ直ぐ巳焼島へ向かっているようだ。明日の朝には攻撃圏内に入ると軍は予測している』

 

「駆逐艦のタイプは? ミサイル艦か?」

 

『そこまでは……』

 

「そうだな、すまん」

 

 

 将輝の困惑を見て、達也は自分の方が無理を言ったと自覚した。将輝の方も、気を取り直すのは早かった。

 

『いや……司波、もしかしたら国防軍は動かないかもしれない……驚かないのか?』

 

 

 軍に見捨てられるかもしれないと告げられて全く動揺を見せなかった達也に、将輝が意外感を露わにして尋ねる。

 

「四葉家は現在、国防軍との間にちょっとしたトラブルを抱えているからな」

 

『……そんなことを言っている場合ではないのではないか? 国土が外国の攻撃に曝されようとしているんだ。どんな事情があろうと自衛に出動するのが軍の義務だろう』

 

「理屈ではそうなんだがな」

 

 

 憤懣遣る方ないといった表現の将輝を達也が形ばかり慰める。将輝は表面上、冷静に戻ったが、内部の熱量はかえって高まっているように見えた。

 

『司波、援軍は必要か?』

 

「気持ちはありがたいが、それはまずい」

 

 

 将輝の問いかけの意図を、達也は誤解しなかった。彼は自分が巳焼島の防衛に加わると申し出ている。それを理解した上で、達也は将輝の好意を断った。

 

『何故だ? 一条家と国防軍の関係悪化を心配しているなら……』

 

「そうじゃない」

 

 

 四葉家が国防軍との間にトラブルを抱えていると聞けば、将輝が言い掛けたような懸念が生じるのも自然だ。しかし達也が案じているのはもっとシビアな問題だった。

 

「お前が今、そこを離れるのはまずい。北からの脅威は消えていない」

 

『……新ソ連がまた、攻めてくると?』

 

「米軍の艦船が俺を狙っているのだとしても、USNA政府がそれを命じているわけではないと思う。一部の強硬派による暴走である可能性が高い」

 

『そう考える根拠はあるのか?』

 

「ある」

 

 

 その根拠は何か、とは、将輝は尋ねなかった。手の内を詮索しないのが、十師族間のマナーだからだ。

 

『USNAよりも新ソ連による再侵攻の方が脅威だと、お前は考えているんだな?』

 

「そうだ」

 

『……分かった』

 

 

 達也の答えは簡潔すぎるものだったが、その声には説得力があった。だがおそらくそれ以上に、将輝自身も新ソ連の動向を気にしていたに違いない。

 

『俺は北に備える。司波……本当に大丈夫なんだな?』

 

「心配しなくても、深雪には掠り傷一つ付けさせない」

 

『そ、そんなことを言ってるんじゃない!』

 

 

 将輝の顔が赤く染まっているのは邪推された憤りによるものか、それとも……

 

「深雪のことが気にならないのか?」

 

 

 将輝が深雪に想いを寄せていることは達也も知っているし、幾度フラれようとも諦めずにアプローチを続けていることも知っている。真夜が提案した『深雪が振り向いたのなら将輝との交際を認める』というのを信じ、必死に深雪を振り向かせようとアピールしているのだ。

 将輝はまさか達也にそのことを知られているとは思っていなかったようで、何かを言い掛けてすぐに言葉にならない様で口をパクパクと動かせるだけだった。

 

『――またな!』

 

 

 達也の問いかけに答えることなく、将輝は電話を切った。別れではなく、再会を約束する言葉と共に。

 

「またな、か……」

 

 

 達也は将輝と再び顔を合わせたいとは思っていないが、これっきりになるとも思っていない。自分が四葉家を継ぎ、将輝が一条家継げば、顔を合わせる機会は今以上に増えることだろう。もちろん、深雪が将輝の許に嫁ぐなどありえないことなので、そこの心配はしていない。

 

「一条、死ぬなよ」

 

 

 むしろ達也は、新ソ連が再侵攻してきた場合将輝の方が危ういとすら考えている。『海爆』があるので万が一はないだろうが、ベゾブラゾフの標的が自分ではなく将輝に向いた場合、彼には対抗手段がないということが、達也の心の隅に浮かんだ不安だったのだ。




まぁ杞憂ですけど

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