劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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本音ではみんなやりたいだろうに


九校間交流戦の話題

 八月一日。具体的な脅威が迫りつつあることに、日本では誰も――政府も軍も、十師族でさえも、まだ気付いていない。うだるような暑さの昼下がり、深雪宛に掛かって来た電話も、内容は至極平和的なものだった。

 

「えっ? 九校戦をやるの? 自分たちで?」

 

 

 九校戦で編み出された魔法――達也が開発し雫が使った『能動空中機雷』のことだ――が大規模殺戮兵器としてゲリラに利用された、という理由で今年度の開催が中止されたのが五月上旬。それ以降も立て続けに魔法師が関与する軍事的な事件が続いて、九校戦の再開が検討されることはなかった。最近では、今年度だけではなく九校戦の廃止もあり得ると噂されるようにさえなっていた。

 それがいきなり、魔法科高校生だけで自主的に開催すると言うのだ。深雪の驚きは無理のないものだった。

 

『本当の九校戦みたいに大々的なものじゃなくて、モノリス・コードだけの対抗戦だけど』

 

 

 電話の相手はほのか。午前中、一高の図書館に受験用の参考資料を閲覧しに行った際、部活連会頭の五十嵐から相談を受けたとのことだ。

 

『九校間の交流戦が全く無いのは寂しいって話が、各校の部活連絡会の間で盛り上がったらしくて。一高の部活連が中心になって準備を進めているんですって』

 

「面倒見が良い、五十嵐君らしいお話ね」

 

 

 深雪は呆れるのではなく、微笑ましげにクスリと笑った。

 

「でも受験勉強は良いのかしら?」

 

 

 今年は九校戦が無くなったので、三年生が受験勉強に例年より力を注いでいると言われている。その所為で魔法大学の合格ラインがレベルアップしそうだとも。

 もっともそれを言うなら深雪は受験の準備に大して時間を割いていないし、達也に至っては全く受験用の勉強をしていない。まぁ、深雪の場合は筆記試験の点数が悪かったとしても実技で合格が確実だし、達也は既に魔法大学卒業資格を確約されているという事情がある。この二人を基準にして他の受験生を考えては駄目だろう。

 

『今は受験のことより交流戦で頭がいっぱいみたい』

 

 

 ほのかが他人事の気楽さで論評する。

 

『……選手は自費参加でもなんとかなりそうだって言ってたけど、会場の確保とか運営予算とか頭が痛そうだった』

 

 

 だがすぐに薄情だと思ったのか、少し神妙な顔でこう付け加えた。

 

「それは……確かに大変そうね」

 

 

 九校戦は例年、国防軍の全面的な協力の下に開催されている。会場からして軍の演習場を借りて設営されていた。

 

「交流戦はいつ開催する予定なの?」

 

『やろうという話が持ち上がったのが七月の十日過ぎ、新ソ連を撃退した直後くらいで、今月の最終週には開催したいって言ってた』

 

「……ちょっと急過ぎないかしら」

 

『モノリス・コードだけだったら土日開催でも良いんだけど……受験のことを考えると』

 

「……そうね。秋の論文コンペまで中止にはならないでしょうし、三年生にとってはこの夏休みがリミットかもしれないわね」

 

『生徒会として、力になれればいいんだけど……。深雪、何か良いアイデアはない?』

 

 

 ほのかに問われて、深雪が小さく唸りながら考え込む。しかし深雪では良いアイデアは出てこなかった。

 

「……ゴメンなさい。私ではいい考えが浮かばないわ。少し待っていて? 達也様を呼んでくる。すぐにかけ直すから」

 

『ううん、このまま待ってる!』

 

 

 モニター画面の中で、ほのかが激しく頭を振る。

 

「そう? じゃあ、すぐに戻るから」

 

 

 深雪はそう言って、ヴィジホンの保留ボタンを押した。「少し」という言葉の通り、深雪は一分も経たない内に達也を連れて電話を受けていた自室に戻った。保留状態を解除する。

 

「ほのか、お待たせ」

 

『う、ううん。全然、全然待ってないから!』

 

 

 何故かほのかは「全然」を二度繰り返したが、多分、本人に自覚は無い。

 

『達也さん態々すみません!』

 

 

 そして彼女は舌をもつれさせそうになりながら一息にそう言って頭を下げた。スピーカーが「ゴンッ」という衝突音を伝える。モニターのアングルがいきなり変わって、ほのかの足下が映し出される。続けて「ワッ、ワワッ」という慌てふためく声が聞こえ、モニターが暗転して保留のメロディーが流れだした。

 達也と深雪が顔を見合わせる。何が起こったのか、想像するのは難しくなかった。頭を下げた拍子に、カメラにぶつかってしまったのだろう。深雪の部屋ではモニターとカメラが一体となっているヴィジホンを使っているが、個人用の小型機種ではカメラが独立になっていて自由に角度を調整できるタイプも普及している。ヴィジホンは十秒前後で通話状態に復帰した。

 

『……本当にすみません……』

 

 

 モニターは泣きそうな顔で肩を落としているほのかを映し出している。下手な慰めは逆効果になると考えた達也は、すぐに本題に入った。

 

「話は聞かせてもらった。確かに月末と言うのは大変だろうな。もう少し時間に余裕があれば民間のスポンサーを集めるのも不可能ではないと思うが、開催まで一ヶ月を切っていることを考えると国防軍に協力してもらうしかないんじゃないか」

 

『国防軍にですか? でもいったいどうやって……』

 

 

 うまい具合に自らの醜態から意識が逸れたほのかが、途方に暮れた顔で尋ねる。その表所から察するに、ほのかたちも軍の力を借りるしかないという結論には達していたようだ。だが具体的な方法を思いつかず行き詰ってしまったのだろう。




典型的なドジっ娘……

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