劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ありがとう、魔法科高校の劣等生


遠距離の会話

 達也の超知覚力は『精霊の眼』と名付けられているが、透視や遠隔視のように映像を捉えるものではない。『精霊の眼』は視覚情報を含めたあらゆる物理的な情報と想子情報体によって構成される魔法的情報を認識する能力だ。思考を読むことはできないが、声に出された言葉であればその意味を耳で聞いているのと同様に理解できる。

 そこに物理的な距離は関係ない。魔法の障碍となるのは物理的な距離ではなく、情報的な距離だ。対象の位置情報が実感として把握できていれば――抽象的な数字の羅列ではなく確かにそこにある、あるいはそこにいるという実感を伴って認識できれば、魔法は問題なく行使できる。『精霊の眼』は全ての物理的、魔法的情報を五感で体験する以上の確かさで使用者にもたらす。そこには検索対象の位置情報も含まれる。位置情報を読み取ることで相手の実在を確認し、相手を実感することで位置情報を確定すると言うのはある種の循環定義のように思われるが、実際には二つの認識が同時に成立しているわけではない。

 達也は観測・記録済みの個体情報――その者を他者が識別する情報――を手掛かりに位置情報を取得し、今度はその座標に「眼」を向けて個体情報を発見することでその相手が「そこにいる」という事実を確定している。名前しか知らないような存在の位置を特定できる程、彼の『精霊の眼』は万能ではなかった。また『仮装行列』のようにエイドスレベルで位置情報を偽装されると、「眼」を向けるべき正しい座標が入手できず位置確定に失敗してしまう。

 今回のケースでは探す相手が良く知っている相手であり、またコンタクトを取る時間もあらかじめ決めてあったので、達也は魔法的な妨害を受けることもなくすんなり彼女を「視界」に収めた。日本時間七月二十八日午後四時。達也は巳焼島の自分の部屋で、虚空に向かって話しかけた。

 

「リーナ、聞こえるか?」

 

「(感度良好よ、達也)」

 

 

 太平洋海中の原潜空母『バージニア』でリーナの発した言葉が、意味となって達也の意識に流れ込む。リーナが受け取っているのは達也の魔法で再現された彼の声だ。達也は振動系統魔法により、リーナの耳元の空気を振動させることで自分の声を届けている。独り言のように実際に声を出しているのは、魔法で一から音声を合成するより実際に空気を震わせている音を複製する方が簡単だからだ。そして達也はリーナの応えを、『精霊の眼』で読み取っている。

 こうして二人は巳焼島と通信封鎖中の『バージニア』艦内の間で意思疎通を実現させていた。

 

「カノープス少佐とはゆっくり話せたか?」

 

「(ええ、達也。艦長にもすごくよくしてもらって……貴方のお陰よ。本当にありがとう)」

 

「カーティス艦長の対応は俺の功績ではないさ。それで、今後の方針は?」

 

「(それなんだけど……)」

 

「帰国することに決めたか」

 

「(え、えぇ。やっぱり一度、戻ろうと思う。今の不安定な立場のままじゃ、貴方たちにも迷惑をかけると思うから)」

 

「迷惑などではないが、君がそうすべきだと考えたのならそうした方が良いだろうな」

 

「(ありがとう、達也。身辺整理が終わったら、私の方から連絡するわ。深雪にもそう伝えてくれるかしら)」

 

「分かった、伝えておく。では、元気でな」

 

 

 そうメッセージを送って、達也はコンタクトを切断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也との会話は彼の魔法技能による一方的なものだ。通信機のように、分かりやすいインジケーターは無い。

 

「ええ、貴方も……って、もう切れてるのか」

 

 

 ただ何となく、自分に向けられていた視線が去ったような感じはあった。ここと巳焼島を繋いでいた魔法を達也が解除したのだと、リーナは判断した。

 

「……まさか、こっそり覗いたりしていないわよね?」

 

 

 試しに、あえて声に出して呟いてみる。達也からの抗議の声は帰ってこない。

 

「……達也のシスコン」

 

 

 恐る恐る呟いたこの一言にも、やはり反応は無い。リーナは今度こそコンタクトの切断を確信して緊張を解いた。達也が使う『精霊の眼』の性質をリーナは詳しく知らない。ただ視覚・聴覚を包含する極めて高度な遠隔感知だということは理解していた。

 今だって声を拾っていただけではないはずだ。一方的に見られていると意識するのは、ひどく気疲れするものだった。多分リーナでなくても、誰でもそうだろう。彼女くらいの年頃で、見ている相手が異性なら尚更だ。

 単に達也が反応を返さないだけで、ずっと監視されている可能性もあるとリーナは気付いていたが、彼女はそれを考えないようにしている。

 彼女は椅子から立ち上がり、ベッドにごろりと横になった。まだ就寝には早すぎる時間だが、ここはカーティス艦長が手配してくれた高級士官用の個室だ。多少だらしない真似をしても、見咎める者はいない。

 

「(まずはベンに被せられた冤罪を晴らさなくちゃね……カーティス上院議員が力を貸してくれるはずだけど)」

 

 

 カノープスの脱獄は彼の大叔父に当たるワイアット・カーティス上院議員が達也に依頼したもの。いくら何でも、助け出しただけで後は放置ということはないはずだ。

 カノープスの名誉回復は、ワイアット・カーティスの目的にも適っている。参謀本部を屈服させることは、彼の政治力誇示に役立つだろう。ただ問題は、リーナの身の振り方についてまでカーティス上院議員が味方してくれるかどうか。もしかしたら、上院議員はリーナの希望を認めないかもしれない。

 

「(……その時はその時よ。脅迫にも懐柔にも、絶対に応じない。我が儘と言われても、横暴と言われても、押し通す。だって私は、帰るって決めたんだから)」

 

 

 何かを掴み取ろうとするように天井に手を伸ばしたリーナの脳裏には、達也と深雪の顔が浮かんでいた。




最後は大幅に変更しなければ

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