劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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智将もこうなると情けなくすら思える


佐伯の本心

 達也を巡る策謀は、日本国内でも蠢いていた。

 

「――佐伯少将、それは少し強引ではないか?」

 

「何故ですか、参謀長」

 

 

 七月二十六日夕方近く。陸軍第一〇一旅団司令官の佐伯少将は、陸軍総司令部を訪れ参謀長と面談していた。

 

「巳焼島は全島が私有地ですが、関東州に所属する日本の領土です。防衛の為に国防軍を駐留させるのは当然ではありませんか」

 

「私有地だからだ。差し迫った危機でもない状況で、所有者の許可無く国防軍を駐留させることはできない。この程度の理屈を理解できない君ではないだろう」

 

「あの島は月初に不正規部隊の攻撃を受けたばかりです。十分、非常事態に該当すると考えますが」

 

 

 食い下がる佐伯に、大友参謀長はため息を漏らした。何故そこまで佐伯が巳焼島に拘るのかは大友には分からないが、一個人の感情で提案しているのだけは理解しているからこそのため息だ。

 

「あの時は我々の出撃を待たず、独自の守備隊だけで撃退したではないか。月初の襲撃を理由に部隊の駐留を認めさせるのは、難しくはないかね」

 

 

 大友は四葉家の肩を持っているわけではなかった。心情的には、佐伯の提案に賛成だ。国土が外国勢力の攻撃を受けて、それを民間戦力が撃退した。国防軍には出る幕がなかったというのは、軍の制服組として面白いはずがない。

 ただ実際問題として、作戦時以外で私有地に部隊を置くのは難しい。相手が一般市民なら政治的に何とでもなるかもしれないが、巳焼島の実質的な所有者はあの四葉家だ。身内に政治家がいるとか大物議員の有力な後援者になっているとか、その様な事実は無いが、四葉家が政界に強い影響力を有しているのは紛れもない事実だ。国防軍とも非公式な業務を通じて協力関係にある。

 参謀長としても、気に食わないからといって機嫌を損ねるわけにはいかない相手だと認識していた。

 

「それこそが問題なのです、参謀長閣下。民主主義国家において、シビリアンコントロールに従わない私的な戦力の存在など認めて良いはずがありません。義勇兵はあくまでも一時的なものではなければならないのです」

 

 

 しかし、どうやら佐伯の判断は大友とは異なるようだ。

 

「少将は、四葉家に武装解除を求めるつもりか?」

 

 

 あえて火中の栗を拾おうとしている佐伯に、大友は「本気か?」という意味を込めて尋ねた。

 

「民主主義の原則を守る為には避けて通れないことです、参謀長閣下」

 

 

 佐伯は揺るぎない眼差しで、大友の目を見返した。

 

「そこまで言うのであれば、こちらでも検討しよう。正し、幾つか確認させてもらう」

 

「なんでしょうか」

 

 

 大友の前向きな返事に気を良くした佐伯が、何でも答えてやるという態度で大友に尋ねる。

 

「まず初めに、四葉家に武装解除を要請し、国防軍を駐留させるとのことだが、少将は四葉家の魔法師よりも国防軍の方が抑止力になると考えているのだな? 戦力的にも四葉家の魔法師よりも国防軍の魔法師の方が上だと」

 

「当然です、参謀長閣下」

 

「ならもし四葉家が全面的に反発してきた場合、その戦闘の指揮、及び責任は少将が負うということで良いな?」

 

「……構いません」

 

 

 佐伯も四葉家がすんなりと受け入れるはずはないと分かっていたが、まさかその時の責任を負わされるとは考えていなかったようで、返答に少し時間を要した。しかし、四葉家を――達也を屈服させられるのならそれでも構わないと考えたようだ。

 

「次に何故いきなり巳焼島に駐留軍を置くべきだと主張しだしたのかね? 少将の話では、月初に不正規部隊の襲撃があったからということだが、それなら何故今になってそのようなことを申し出てきた? 何か理由があるのか?」

 

「日本の領土を守るのは国防軍として当然のことです。月初に襲撃があったことに対して不安を懐いている方も少なくはありません。その方との話し合いを進めた結果、今日になってようやく参謀長閣下に提案する形になったのであります」

 

 

 佐伯の言い分に疑わしい点は見られない。大友は佐伯がいかに本気かということを確認し、一つ頷いてから佐伯の目を捉える。

 

「少将の覚悟は分かった。私個人では進められないが、参謀会議に掛けると約束しよう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 佐伯は敬礼を大友にし、参謀長室から自分の執務室へと向かい、部下の風間中佐を部屋に呼び寄せた。

 

「お呼びでしょうか」

 

「巳焼島に駐留する準備を進めておきなさい」

 

「巳焼島……ですか? あそこは四葉家の私有地です。駐留するには四葉家の許可と、四葉家を納得させるだけの理由が必要なはずですが」

 

「民間勢力は国防軍の言うことを聞いていればいいのです! これは参謀長閣下から承認をいただいている作戦です。近い内に正式に発表されることになるでしょうが、準備は早いに越したことはありません。一〇一旅団は近い内に巳焼島に駐留し、外国勢力の侵入に備えます」

 

「……了解しました」

 

 

 ヒステリックを起こしている佐伯に、風間は敬礼をして部屋を辞す。

 

「佐伯閣下は達也のことが気に食わないようだな……」

 

 

 風間は佐伯の本心を見抜いたうえで、自分には佐伯を止めるだけの力がないと自覚し、とりあえず自分一人だけは駐留の準備をしておこうと心に決めたのだった。




知られてると思わないのだろうか……

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