劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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負けたんだから大人しくしてればいいものを


ベゾブラゾフの妄執

 ディアスがシンクロライナー・フュージョンを放った相手は、その一割に含まれる大規模武装集団の一つだった。ブラジル政府は相手を国家として承認していないから、ゲリラ呼ばわりも間違いとは言えない。

 

「参謀長閣下。俺は、穀潰しにはなりたくありません。北アメリカがシンクロライナー・フュージョンを放つ機会を作ってくれると言うなら、俺は喜んでついて行きますよ。弟もきっと、同じ気持ちです」

 

 

 ディアスの訴えを聞いてフィーリョ少将が考え込んだ時間は、わずかなものだった。

 

「ミゲル、君の言うことはもっともだ」

 

 

 フィーリョの呼びかけが階級からファーストネームに変わった。だが、口調は部下に対するもののままだ。呼称を変えたのは親しみを示したわけではなく、別の理由がありそうだった。

 

「シンクロライナー・フュージョンの有効性を示すことは、国軍の利益にもなる。ミスター・クラーク」

 

「なんでしょう」

 

 

 いきなり話を振られても、クラークはまごつかなかった。

 

「日本に対する非公式作戦の期間はどの程度ですか?」

 

「長くても一ヶ月以内に決着するでしょう」

 

「そうですか」

 

 

 フィーリョは一つ頷き、視線を再度ディアスへと転じた。

 

「ミゲル。私の権限で『ディアス少佐』に一ヶ月間の休暇を与える。また、その間の所在を明らかにする必要は無い。アントニオには君からそう伝えたまえ」

 

「了解です、閣下」

 

 

 ミゲル・ディアスが立ち上がってフィーリョ少将に敬礼する。まるで「ディアス少佐」がミゲル・ディアスとは別に存在するような言い方に戸惑っているのは、クラークの随行員だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大亜連合の侵攻を退けた後、新ソ連の戦略級魔法イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフはモスクワに戻らず、ハバロフスクに留まっていた。彼が極東から動かなかったのは、達也を抹殺する機会を窺っているからだ。ベゾブラゾフは六月上旬と下旬、二度にわたって達也を爆殺する目的で戦略級魔法トゥマーン・ボンバを放ち、二度とも失敗した。それどころかトゥマーン・ボンバを補助する貴重なクローン体と、トゥマーン・ボンバを放つ為の移動基地とも言える列車搭載型大型CADまで破壊され、自身も深刻なダメージを受けるという完敗を喫した。プライドが高いベゾブラゾフは、この敗北の雪辱に執念を燃やしていた。

 日本に近いこのハバロフスクで彼は達也の動向に関する情報を集めているのだが、より日本に近いウラジオストクではなくこの地を滞在場所に選んだのは他にも理由がある。ハバロフスクは帝政ロシアの時代から新ソ連とその前身となる国の極東における中心都市だった。今世紀前半に一時期、その地位をウラジオストクに奪われたが、第三時世界大戦後の新ソ連ではハバロフスクが東の首都的な役割を果たしている。

 日本や大亜連合に関する情報なら、ウラジオストクの方が早いかもしれない。だが新ソ連が集めた世界の最新情報はハバロフスクにいる方が入手しやすいのである。

 ベゾブラゾフが注目しているのは、日本だけではなかった。そもそも最初に達也を脅威と見做し、協力してこの脅威を取り除こうと持ち掛けてきたのはUSNAのエドワード・クラークだ。USNAは内部で司波達也排除に賛成する勢力と反対する勢力に分裂しているが、クラークがこのままじっとしているはずはないと、ベゾブラゾフは確信していた。

 彼がウラジオストクではなくハバロフスクに滞在しているのは、日本と共にUSNAの動向をいち早く知る為だった。だから、ベゾブラゾフが七月二十六日の当日中にこの情報をキャッチしたのは、新ソ連軍情報部の実力からすれば当然だったかもしれない。

 

「(クラークはミゲル・ディアスを引っ張り出したか)」

 

 

 エドワード・クラークは追い詰められているようだ、というのが、ベゾブラゾフが懐いた最初の感想だった。

 

「(自国の戦略級魔法師を動かさず、ブラジルに借りを作ることを選ぶとはな……)」

 

 

 アンジー・シリウスが行方をくらまませていることを、ベゾブラゾフは掴んでいる。また、USNAはシリウス以外にも二人の国家公認戦略級魔法師を抱えているが、その二人は戦略上の要衝であるアラスカ基地とジブラルタル基地の切り札であり、容易に動けない。

 しかし、USNAの戦略級魔法師がその三人だけとは考えられない。確実に非公認の戦略級魔法師を何人か、もしかしたら十人以上隠し持っているはずだ。

 

「(何かその者たちを動かせない理由があるのか……いや、動かす許可が下りないのだろう)」

 

 

 もしかしたらUSNAでは、司波達也と敵対すべきではないと主張する勢力が優位になっているのかもしれない。

 

「(――まぁ、どうでも良いことだな。これはチャンスだ)」

 

 

 ベゾブラゾフの目的は達也の抹殺。彼が心に刻まれた屈辱を克服する為には、それがどうしても必要になっていた。

 

「(日本の領土に奇襲を掛けるのはUSNAにとっても小さくない賭けだ。失敗は許されない。かなりの兵力を投入してくるだろう。クラークの軍事的才能は未知数だが専門家を補佐に付けるだろうし、あっさり撃退されてしまう可能性は低い。幾ら司波達也でも、奇襲を受けている最中は他に意識を割いている余裕はないはずだ。奇襲部隊との交戦中を狙って、あの男の頭上にトゥマーン・ボンバを撃ち込む)」

 

 

 ベゾブラゾフはクラークを、達也諸共葬り去ることに決めた。




漂う負けフラグ臭……

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