劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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立場だけは立派だからな……


クラークの立場

 現地時間七月二十三日。クラークは今後の方針を協議すべく、まずイギリスのウィリアム・マクロードに電話を掛けた。マクロードは『ディオーネー計画』を仕掛けた当初からの同士でクラークがベゾブラゾフと袂を分かった後も協力関係を維持してきた相手だ。謂わば戦略級魔法師・司波達也を排除する陰謀の、最も信頼がおけるパートナー。少なくともクラークはそう考えていた。しかし――

 

「(……何故だ。何故電話に出ない)」

 

 

 マクロードは、クラークのコールに応えなかった。クラークが使った番号はマクロードの個人オフィスにつながるもので、クラーク専用に割り当てられたものだ。マクロードがオフィスにいればクラークからの電話だと分かるはずだし、オフィスを留守にしていたとしても着信通知が携帯端末に届くはずだった。

 それなのにマクロードは丸一日電話に出ない。コールバックもない。これはもう、コンタクトを拒否されているとしか思えない。

 

「(何故だ!? 何があった?)」

 

 

 裏切られた、とクラークは思った。だがそれが事実だったとしても、クラークには何も出来ない。アメリカとイギリスでは、国力は明らかにアメリカが上。だがマクロードは国家公認戦略級魔法師『十三使徒』の一人であり、イギリス政府の要人だ。それに対してクラークは、表向き政府機関の一職員でしかない。クラークには、イギリス政府に圧力をかける方向にUSNA政府を誘導することなどできない。

 

「(こうなれば私一人でペンタゴンを動かすしかない)」

 

 

 親密な同盟国であるイギリスに敵対的な行動を取らせることはできなくても、西太平洋における競合国――日本のことだ――からアメリカの覇権を脅かす戦略級魔法師を取り除く為の謀略なら、政府を説得できる可能性は高い。クラークは、そう算盤を弾いた。

 

「(その為にはフリズスキャルヴの存在も明かさなければならないかもしれないが……、それはもう、仕方がない)」

 

 

 エドワード・クラークは軍のシギント(盗聴、傍受、暗号解読などによる諜報活動)システムであるエシュロンⅢの主要開発者の一人だった。フリズスキャルヴはクラークがこの立場を利用してエシュロンⅢに仕込んだバックドアを利用した、ハッキングシステムだ。フリズスキャルヴの存在が明らかになれば、クラークは国家反逆罪で終身刑に処される可能性が高い。無裁判で脳をスキャンされて廃棄処分という可能性も十分考えられる。

 しかしこのままでは、どのみち彼に未来はない。全てを打ち明けた上で、政府相手に一か八かの取引に打って出る覚悟を、クラークは固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現地時間七月二十四日午後。エドワード・クラークはペンタゴンを訪れていた。面会の相手は国防長官リアム・スペンサー。彼が連邦政府の主要閣僚相手に面会のアポイントを取れたのは、エシュロンⅢ開発者の名が国防総省内ではそれなりの価値を認められているからであり、目下連邦軍にとって最大の悩みである戦略級魔法師・司波達也を一度は追い詰めたディオーネー計画の発案者に対する期待の表れでもあった。

 クラークは挨拶もそこそこに、早速本題に入った。

 

「閣下。ミッドウェーとパールアンドハーミーズの二つの基地を奇襲したのは、日本の戦略級魔法師・司波達也に間違いありません」

 

「灼熱のハロウィンを引き起こしたグレート・ボム、いや『マテリアル・バースト』の魔法師か。根拠は?」

 

「物証はありません。ですが状況があの者の仕業だと物語っています」

 

 

 クラークは国防長官の反問にも怯まなかった。だがスペンサーが放った次のセリフに、しばし呼吸を忘れてしまう。

 

「君の御自慢のフリズスキャルヴでも分からないのか?」

 

「……フリズスキャルヴをご存じでしたか」

 

 

 クラークは辛うじてこの一言を絞り出した。

 

「エドワード・クラーク。見くびってもらっては困る。国防総省で働いている情報ネットワークの専門家は、君だけではない」

 

「私は見逃されていた、ということですか」

 

「君たちが具体的に何をしていたのかは知らない。フリズスキャルヴによるハッキングはシステムを害するものではないと判明したから、放置していただけだ」

 

 

 スペンサーが偽りを口にしているのは、改めて考えるまでもないことだった。「君が」ではなく「君たち」がと言ったことからも、スペンサー長官が『七賢人』の活動を把握していると分かる。

 自分は政府の掌の上で転がされていたのだと、クラークは思い知らされた。自分が見逃されていたのは『七賢人』の活動がUSNA政府の利益に反しないと見做されていたからだ。『七賢人』がその時の政権にとって脅威になると判断されていたら、政府に敵対行動をとったオペレーター諸共、自分は抹殺されていたに違いない。

 

「それで? 北西ハワイ諸島を襲ったのが日本の戦略級魔法師だとして、君は何をすべきだと考えているのかね」

 

 

 そう問われてクラークは、思いあがっていた過去にショックを受けている場合ではないと思い出した。己の立場が考えていたよりもずっと危ういものだったのであれば、余計に自分の有用性を示さなければならない。




知られてたことが分かり、一気に勢いがなくなるクラーク

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