劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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勘違い野郎ですから


エドワードの勘違い

 現地時間二〇九七年七月二十二日夜、ミッドウェー基地(監獄兼補給基地)陥落。パールアンドハーミーズ基地全滅。北西ハワイ諸島に置いた二つの基地が立て続けに蹂躙されたという報せは、ホワイトハウスとペンタゴンを震撼させた。

 ホワイトハウスは厳重な報道管制を敷き、このニュースを国民の目から徹底的に隠蔽した。同時に、ペンタゴンに対して事態の詳細な報告を求めた。

 困ったのはペンタゴン――国防総省である。七月二十三日の段階で、USNA軍の総司令部は襲撃者の正体について回答できる状態ではなかった。ミッドウェー基地は一人の飛行兵が迎撃用の銃砲座を単独で破壊して侵入し、囚人を三人、連れ去ったと言うだけでなく、飛行兵の正体につながる手掛かりは何一つ無かった。写真すら残っていなかったのだ。

 パールアンドハーミーズ基地の方はもっと悲惨な状態で、基地にいた人員は全滅。出撃して生き残った将兵は正体不明の飛行物体を目撃しただけで、唯一手掛かりらしいものといえば空母『シャングリラ』の艦長が交わした通信の記録のみ。その音声にも高度な電子的加工が施されて、米軍が保有する最高性能のコンピューターでもオリジナルの声紋を復元することはできなかった。

 もっとも、襲撃者の正体について何の見当も付いていなかったというわけではない。USNA軍が開発した『スラストスーツ』を性能で明らかに上回っていた飛行戦闘スーツと、それを完璧に使いこなしていた高い技術。この二点から、米軍は襲撃者の正体を飛行魔法の開発者『トーラス・シルバー』こと司波達也だと、ほぼ断定していた。

 だが、証拠が無い。それに証拠の有無を別にしても、たった一人の魔法師、しかもまだ十八歳の少年に単独で基地を二つも落とされたと口外できるものではなかった。

 ペンタゴンとしては、どれだけホワイトハウスに咎められようと「詳細不明」の建前で口を噤むことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このように、米軍を統括する国防総省は北西ハワイ諸島基地に対する襲撃をいったん棚上げすることに決めたが、USNA国内にはこの事態を座視していられない者も当然に存在した。そうした者の中で最も強く焦りを覚えていたのはエドワード・クラークだろう。彼もまた、ミッドウェー及びパールアンドハーミーズを襲ったのは達也だと推測していた。そしてクラークは、これが達也の――戦略級魔法マテリアル・バーストの遣い手――無害化を目的とした策謀と実力行使に対する、達也からの警告を込めたデモンストレーションという側面があると解釈していた。

 司波達也は、「自分は戦略級魔法を使わなくてもUSNAに大打撃を与える力を持っている」と誇示して見せたのだ――クラークはそう考えた。そしてこのデモンストレーションに脅威を覚える者が議会や政府内に増えたなら、己の立場が危うくなると恐れた。『ディオーネー計画』だけならともかく、達也を標的として日本の本土に無法な奇襲攻撃を仕掛けたベゾブラゾフと共謀関係にあった件はどう言い繕っても正当化できない。たとえクラークが、本当はベゾブラゾフの奇襲に反対していたとしても。

 

「(自分が生き延びる道は、最早唯一つ。ステイツにとって明確な脅威となった司波達也を斃す。ここに至っては、殺るか殺られるかだ)」

 

 

 エドワード・クラークは、そこまで追い詰められていた。自分で自分を追い詰めていた。しかしエドワード・クラークは知らない。達也がミッドウェー及びパールアンドハーミーズを襲撃した理由はUSNAに対する――クラークに対する――デモンストレーションなどではなく、一従者を取り戻す為に行ったに過ぎないということを。パールアンドハーミーズ基地にいた人員を滅ぼしたのは達也ではなく、パラサイト化した光宣だということを。そして、その光宣と行動を共にしているのが、自分の息子であるレイモンド・クラークだということを。

 もし最後の一つが公になれば、エドワード・クラークの立場は一気に無くなるだろう。それこそ、ディオーネー計画の裏に隠されていた真の目的が明るみになるよりもダメージは大きい。

 パラサイトの脅威を知るのはUSNAを除けば日本のみ。前回も、そして今回もパラサイトが発生したのはUSNAで、日本に逃げられ処理を任せた形に見えてしまうだろう。日米同盟はあくまでもUSNAが上だと考えている側としては、この事実が明かされるのは避けなければならないと考えているだろう。

 ましてや今回の発生原因は、レイモンド・クラークが唆してパラサイトをこちらの世界に招き入れたという経緯がある。そのことを知る人間はいないが、何時までも隠し通せるものではない。エドワード・クラークは達也以上に危険な存在が身内にいるなど考えもせず、またレイモンドが今どこで何をしているかなど考える余裕も無く、達也を斃す算段を立てていく。

 

「(私一人では当然不可能だ。相手はこれだけのことをやってのける魔法師だからな)」

 

 

 頭の中で仲間になってくれそうな相手をピックアップしていき、エドワードはすぐに動き出した。




そもそも邪魔しなければ眼中にも無いって……

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