劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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まぁ仕方がないだろう


IFルート 愛人たちの不満

 水波が愛人枠から婚約者に昇格したというニュースを、遥は一高のカウンセリングルームで知り、すぐに保健室へ駆け込んだ。運よく学生はいなかったので、保険医不在の表示に変え鍵を掛け怜美の前に腰を下ろした。

 

「あらあら小野先生、何か急ぎの用事かしら?」

 

「安宿先生は知らないんですか!?」

 

「何を?」

 

「四葉家の従者である桜井水波さんが、達也くんの婚約者に昇格したということを!」

 

 

 普段通りのほほんとした空気を纏っていた怜美だったが、遥から聞かされた予想外の内容に動揺を隠せず持っていたペンを落とす。

 

「それはどういうことかしら? 達也さんの婚約者はこれ以上増やせないから、私と小野先生、そして桜井さんは愛人扱いになったと思うのだけど?」

 

「具体的なことはまだ調べられていないのですが、何やら達也くんや深雪さんにとって有益な結果をもたらしたご褒美、ということらしいわ」

 

「桜井さんは四葉家の従者だから、特例が認められたということかしら?」

 

「それは無いと思うわ。もし特例を認めるのなら、最初から愛人枠ではなく婚約者として扱ったでしょうし」

 

「それもそうね~……でも、桜井さんって確か、魔法演算領域に過負荷を掛けた所為で入院していたんじゃなかったかしら? その桜井さんが、達也さんたちにとって有益な結果をもたらしたというのは、いったいどういうことなの?」

 

 

 遥とちがい、怜美は普通の養護教諭である。特別な情報網を持っているわけでもなければ、世間の情勢を機敏に察知するような性格でもない。それでも、あれだけの騒ぎになったのだから知っていても不思議ではないと思っていた遥にとって、怜美のこの質問は予想外であった。

 

「貴女、本当に知らないの?」

 

「えぇ」

 

「はぁ……じゃあ順を追って説明するけど。まず、九島閣下が亡くなられた本当の理由だけど、病死ではないの」

 

「そうなの?」

 

「えぇ。孫の九島光宣がパラサイトと同化して、それを止めようとした閣下が負けてしまった結果よ」

 

 

 孫による祖父殺害という事実を聞かされても、怜美は必要以上に驚いたりはしない。その反応を見て遥は少し意外に感じたが、そんなことを気にして話を止めるわけにもいかないので先に進んだ。

 

「九島光宣がパラサイトと同化した目的は、桜井水波さんの魔法演算領域のオーバーヒートを押さえ、治療する術を見出す為。そして、水波さんが入院している病院を襲撃し、水波さんを誘拐。青木ヶ原樹海に逃げ込んだの」

 

「そんなことが起こっていたのね」

 

「古式魔法と大陸の魔法を融合させた九島光宣の魔法で、国防軍や十師族の魔法師たちはその行方を探し当てることができず、達也くんも様々な妨害を受けて九島光宣の国外逃亡を許した。そこまでは調べがついているのだけども、その後達也くんは巳焼島で警備船からの襲撃を受けて入院していたはずなのよ。だから何故水波さんが日本に戻ってきたのかも、達也くんたちに有益な結果をもたらしたという話もさっぱり分からないの」

 

「それだったら、達也さんに直接聞けば良いんじゃないの~? 確か、午後に校長へ事情を説明しに来るって聞いたけど」

 

「それを先に言いなさい!」

 

 

 遥は椅子を倒す勢いで立ち上がり、校長室へ向かう。怜美は慌てて出ていった遥を見送った後、倒れた椅子を元に戻して仕事に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか達也を確保した遥は、再び保健室へ駆け込んだ。先程と同じように、保険医不在の表示を出して。

 

「あらあら~。相変わらず慌ただしいわね」

 

「貴女がマイペースなだけでしょ! さぁ達也くん! 洗いざらい話してもらうわよ!」

 

「いったい何だというんですか……」

 

 

 いきなり遥に腕を掴まれたと思えば、保健室に連れてこられた達也は、さすがに呆れているのを隠そうともしなかったが、遥はその視線を気にした様子はなかった。

 

「どうして私たちより後に愛人扱いになった桜井水波さんが、婚約者に昇格したのか! 納得できる説明をしてちょうだい!」

 

「その決定を下したのは俺ではなく母上です。説明を求めるのでしたら、俺ではなく母上にしたら如何でしょうか?」

 

「ただでさえ見付けられたのが奇跡な相手よ!? もう一回探し出すなんて不可能に近いわよ……だから達也くんに尋ねてるんじゃないの!」

 

「はぁ……安宿先生も同じ意見ですか?」

 

「そうね~。何故桜井さんが婚約者として認められたのか、気になるわ」

 

「具体的なことは話せませんし、そのことを知っている人間は本当の四葉関係者だけです。他の婚約者たちにも何故水波が婚約者に昇格したのかは説明していません。そのことを踏まえて、まだ知りたいですか?」

 

 

 つまりは、これ以上踏み込むなら何が起こるか分からないという脅しだったのだが、遥と怜美は怯むことなく頷いた。

 

「分かっているとは思いますが、この情報が他所に漏れたら、どちらが漏らしたとか関係なく二人を消すことになります。それでも、聞きたいですか?」

 

 

 今回はさすがに即答とはいかなかったが、互いに顔を見合わせ、同時に首を縦に振った。達也はその覚悟を認め、水波に起こった全てを話すことにした。もちろん、ワイアット・カーティスの件やアストラル・ディスパージョンのことは伏せて。

 話を聞き終えて、確かに四葉家にとって有益な結果だと納得できたのか、遥も怜美も、不自然な個所があったなど気にならない説明を受け容れたのだった。




誤魔化し方が秀逸

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