七草家の真由美がお見舞いに行ったのなら自分も行けるのではないかと考えた愛梨は、深雪に連絡を入れて巳焼島を訪れてもいいか確認したのだが、その答えは予想外のものだった。
「……つまり達也様は今、そちらにいないということですの?」
『そうね。達也様は今、水波ちゃんを連れ戻しに行くために外出中です。ですから今来ても達也様にはお会いになれません』
「分かったわ。それじゃあ、達也様が戻られた際に連絡してくれないかしら? そちらの目的も理解できたから、ちゃんと演技もしますので」
『叔母様に確認してからでないと返事はできないけど、恐らく大丈夫だと思うわよ。それじゃあ、達也様が戻られたら一人で来てください』
「一人? 大挙して訪れるつもりはもともとなかったのだけど」
『十七夜さんや四十九院さん、九十九崎さんを連れてくるのは遠慮してください、という意味です。達也様の状態が分からないので、あまり大勢のお相手をさせるのは……』
「達也様の、状態?」
深雪からの説明で、恐らく達也がUSNAから飛行魔法を使って日本に戻ってくるということで、その疲労度が分からないという意味であると理解した。
「分かりました。巳焼島には私一人で向かいます」
『それではまた後日』
深雪との電話を切った愛梨は、とりあえず達也が無事であるということだけでも分かったと安堵したのだった。
深雪から連絡をもらい、愛梨は巳焼島を訪れた。出迎えてくれたのが水波だと確認して、達也が無事に水波を光宣から取り戻せたのだということを理解し、さすがは達也だと満足げに頷いた。
「お待ちしておりました、一色様。達也様はこちらです」
「お久しぶりですね、水波さん」
「お久しぶりでございます、一色さん」
水波が日本にいなかったことは愛梨も知っているので、あえて久しぶりと言ったのだが、周りにいるマスコミ関係者は、水波が巳焼島に篭っていたからそういう挨拶をしたのだろうと勘違いした。
「それにしても、ここって私有地じゃなかったかしら? あのあたりは完全に不法侵入だと思うのだけども」
「マスコミの皆さまは『報道の自由』を過大解釈しておりますので」
「あれって何でそんな勘違いになってしまったのかしらね」
何をしても許されるわけではないというのに、マスコミは何かあれば「報道の自由」を掲げて自分たちを正当化しようとするのを見て、愛梨は嘆かわし気にそう呟き、病室前で形だけのお見舞いを済ませて達也の部屋へ向かった。
「達也様、お久しぶりです。御無事でなによりです」
「心配を掛けたな」
「いえ、司波深雪から事情は聞いておりましたし、達也様の御考えを理解できない連中が軍中枢部にいるのも知っておりましたから」
「そうか」
愛梨の実家である一色家は、それ程軍との関係が深いわけではないが、それでも中枢部のこととなれば話は別、少し調べればどうとでもなるのである。
「達也様が一条や吉祥寺を使って逸らそうとした注目も、吉祥寺が馬鹿正直に話した所為で、軍人の視線も達也様に向いてしまいましたし」
「吉祥寺の性格を読み違えたようだ」
「どうせ自分一人の功績じゃないのに、自分だけが認められているということが我慢できないとか思ったのでしょうね。達也様のお考えを理解して、それを逆手に取ったとかではないでしょうし、そもそも吉祥寺如きに達也様の崇高なお考えが理解できるはずもありませんわね」
「それは言い過ぎじゃないか?」
達也は自分の考えを崇高だなんて思っていない。むしろ腹黒い考えで、吉祥寺にはそのようは黒い考え方ができなかったのだろうと考えていた。だが愛梨は達也の考え方が正しく、吉祥寺が思慮不足な所為で達也が大変な目に遭っていると思っている。
「その所為で新居周辺にもマスコミらしき人物がいると香蓮さんが言っていましたし、一高周辺にはマスコミが大挙してやって来たと千葉さんが言っていましたわ」
「現状で一高を訪れても俺がいないということは知っているはずなんだがな」
達也が授業免除であることは、既にマスコミにも知られている。だから達也のコメントを欲するのなら一高に向かうより巳焼島に向かった方が可能性はある――達也に会える確率であり、達也からコメントを貰える可能性はゼロだが。
「まぁ、こうして達也様にお会いできて、達也様の御考えを実際に聞ける人間など、数える程度にしかいませんが」
「そもそも俺はマスコミが嫌いだからな」
「そうでしたわね」
達也がマスコミ嫌いな理由は、愛梨も知っている。その理由に共感した愛梨や沓子たちも、マスコミを嫌っていたに納得がいったくらいだ。
「真実を報道するのなら兎も角、数字や部数の為なら平気で嘘を吐く連中に、何故こちらが合わせなければいけない」
「特に反魔法師主義者の息のかかった報道機関は、自分たちに都合の良い様にしか放送しませんしね」
「まったくだ」
会話の内容はさほど色っぽい内容では無いが、愛梨はこの時間が永遠に続けばいいと願っていた。何故ならこのような時間を過ごす余裕すらない達也が、自分の言葉に共感し興味を持ってくれているのが嬉しかったからである。
マスコミ嫌いはこの世界にも多そうだ