達也が巳焼島から密出国気味にUSNAに向かったことは、限られた人間にしか知られていない。無論、四葉家の人間ならそのことを知っているので、夕歌は新居でエリカや真由美たちが積極的に達也が入院していたという話をしている理由が理解できている。
「(嘘は数人に信じ込ませればいい、か……いかにも達也さんらしい考え方よね)」
エリカたちは深雪にそう言われたのだろうが、その考えを深雪に授けたのは達也だ。嘘を隠し通そうとしても必ずどこかで襤褸が出てしまう。それなら自分で否定しないで、数人に嘘が本当のように信じ込ませ、それを広めてもらえばいい。そうすれば嘘を嘘だと思う人間が結果的に減っていき、何時しか嘘が本当のように思われる。そんな腹黒い考え方を、深雪が一人でするはずがないということには、エリカや真由美たちは考えついていないようだ。
「(とりあえず私も深雪さんの――達也さんの考え方に乗ってあげましょうか)」
実際にお見舞いに行ったエリカや真由美たちでも十分に効果は得られるだろうが、四葉家の人間である自分もその嘘に加われば、多少なりとも信憑性は増すだろう。深雪のように人前で泣くようなことはできなくとも、沈鬱な表情を作ることくらいは夕歌にも可能である。
「そういえば津久葉先輩も達也くんの現状は知っているんでしたね」
「えぇ……直接お見舞いに行けないのが心苦しいけど、御当主様から話を大事にしたくないと言われてしまったから」
タイミングよく真由美から話を振られ、夕歌は沈鬱な雰囲気を纏って真由美の狙いに付き合う。自分から話すのではなく、真由美から振られた方が、よる信憑性を得ることができるだろうと考えていたところだったので、夕歌は内心驚いていたのだが、そんなことは面に出さずに。
「それにしてもよく許可がもらえましたね。やはり七草家のご令嬢ということで、無碍にできなかったのかしら」
「お見舞いに行ったのは私だけじゃないですからね。北山さんたちも来ていたんですから」
「同じ婚約者でも、自分で脚を用意できる人間しかお見舞いに行けないのは、立地を考えたら仕方ないのかもしれないけど」
「ですから、私たちだって深雪さんに許可をもらって漸くだったんですけど」
どことなく言葉に棘を感じた真由美が抗議するが、夕歌はまともに付き合わずに不貞腐れた風を装って部屋に戻っていた。それがますます達也が本当に入院しているんだと信じ込ませたのだが、夕歌は半分以上本気で嫉妬していたのだった。
そんなやり取りがあった数日後、夕歌は本家のヘリで巳焼島を訪れていた。用件はUSNAから戻ってきた達也から、水波の状態を確認して欲しいという依頼があったからだが、表向きには四葉分家を代表して達也のお見舞いに来たというとこになっている。
夕歌はまず、達也のダミー人形が寝かされている病室の前に向かい、外で張っているマスコミたちに本当に達也が入院しているのだと思い込ませてから、深雪が待つ部屋へと向かう。
「夕歌さん、わざわざご足労いただきありがとうございます」
「構わないわよ。現ご当主様と次期当主様から直々にお願いされたんだから」
夕歌は精神干渉系魔法に高い適性を持っている魔法師で、水波が本当にパラサイト化していないかを確認してもらう為に達也が真夜に許可をもらい、真夜が夕歌に命じて巳焼島へ向かわせたのだ。
「それで、水波さんはどちらに?」
「奥の部屋で、達也様と御一緒に」
「達也さんもいるのね?」
「水波ちゃんの容態を調べるにしても、達也様には側に居てもらわないといけませんから」
「それもそうね」
深雪の横を通って、夕歌は達也と水波がいる部屋へと入る。鍵は掛かっていなかったし、自分が来たことは知っているだろうということでノックもせずに扉を開けると、水波は少し驚いた表情を浮かべた。
「夕歌さん、呼びつけてしまい申し訳ありません」
「別に良いわよ。こうして達也さんに会えたし、水波ちゃんの驚いた顔も見れたし」
「も、申し訳ございません」
「別に気にしないで。私のガーディアンは無表情だったけど、やっぱり水波ちゃんみたいに表情豊かの方が可愛げあるわよ」
水波を軽くからかってから、夕歌は水波の精神に意識を向ける。達也の所見通り、夕歌でも水波のパラサイト化は認識できなかった。
「水波ちゃんはパラサイト化してないわよ。まぁ私が言うまでもなく、達也さんなら分かってたんだろうけども」
「俺個人の判断より、精神干渉系魔法に長けている夕歌さんにも見てもらった方が安心ですから」
「そう? ところで、達也さんは何時まで引っ込んでるつもりなの?」
「少なくとも、後二、三日は大人しくしてるつもりです」
「それじゃあ、私もその期間はここに居ようかしら。どうせ向こうに帰っても暇だし」
「それでは、津久葉様のお部屋の用意を――」
「あぁ、そう言うのは良いから。水波ちゃんはゆっくりしていなさい」
その後本当に夕歌は巳焼島に滞在することになり、深雪の機嫌がすこぶる悪くなったのだが、夕歌はそのことを気にすること無く、達也にべたべたするのだった。
深雪の嫉妬がヤバいことに……