表向きにも退院したことになったので、達也は一度一高に顔を出すべく本土に戻ってきていた。といってもすぐに巳焼島に戻るつもりなので、ゆっくりとしている暇は無いとほのかも分かっているのだが、それでも一目会いたかったので、校長室から出てきた達也の腕をとって生徒会室へと連れ込んだ。
「ほのか、何か用なのか?」
「本気で心配したんですからね! 達也さんが乗った船が襲撃されたというニュースを視た時、心臓が止まるんじゃないかってくらいショックだったんですから」
「すまない……だがほのかは、俺の魔法のことを知っているだろう?」
「知っていましたけど、間に合わなかったらとかいろいろと考えますし、そもそも達也さんが襲われたって聞いて、冷静にそんなこと考えられませんよ!」
何となくほのかから責められているように感じ、達也は申し訳なさそうに頭を下げる。達也の自己修復術式は、彼の思考が怪我を負ったと判断した瞬間に発動するので、即死でもない限り達也に傷を負わせることはできない。だがほのかはそこまで詳しく達也の術式のことを聞いていないので、達也に万が一のことがあったらと気が気でなかったのだ。
「深雪から事情は聞いていますが、せめて一言言っておいてくださいよ……達也さんが病院に運び込まれる映像と、深雪の泣き顔の所為で、本当に達也さんが大怪我を負ったと思ったんですから……」
「本当にすまなかった。だが、そうでもしないと本当の邪魔が入っただろうし、あの程度で済んだかどうか分からない状況になっていたかもしれないんだ」
「達也さんが水波ちゃんを連れ戻しに行くために必要だったということは分かっています。それでももう、あんなことをしないでくださいね?」
今にも泣きだしそうな表情で懇願するほのかに、達也はさすがに罪悪感を覚えた。自分のことをここまで心配してくれる人間など、長らく深雪一人だったので、他の相手からここまで心配されることに慣れていないのだ。
「達也さんでもそんな表情するんですね」
「そんな、とは?」
「困ったような気恥ずかしいような、そんな表情です」
「以前話したが、俺には感情が無いに等しいが、全く懐けないわけではない。我を忘れるような強い感情を懐けないだけで、全くの無感情というわけではないんだ。唯一懐ける強い感情は、深雪に対するものだけだからな」
「だから前に深雪が襲われた時に、達也さんは本気で怒ったんですか?」
ほのかが言っているのは、反魔法主義者たちに深雪、水波、泉美が襲われそうになった時のことだ。あの時達也は一切の容赦なく殺気を放ち、反魔法主義者たちの戦意を殺いだのだ。それでも立ち向かってくる無謀な人間もいたが、その相手も容赦なく沈めたことはほのかも報告書を読んで知っているのだ。
「そうだね。あの時は深雪に危害を加えようとした相手に、遠慮できなかったんだろう」
「羨ましい……」
「何が?」
「達也さんにそこまで想われている深雪が、です。そりゃ達也さんの事情は知っていますし、一度玉砕した身としては、婚約者になれただけでも十分ですけど、やっぱり達也さんに特別に想ってもらえる深雪が羨ましいんです」
自分の感情を隠そうともしないほのかに、達也はいよいよ困ってしまう。ほのかが何を望んでいるのか分からないわけではないが、達也にその願いを叶えることはできない。異性に対する感情も、一定値を超えると無に帰ってしまうのだから。
「達也さんを困らせたいわけではないのですが、こればっかりは言っておきたかったんです。達也さんが思ってる以上に、私の気持ちは大きいんです。それこそ、パラサイトを呼び起こすきっかけになってしまうくらいに」
ピクシーに宿っているパラサイトの感情の源はほのかの恋心だ。自分の気持ちをパラサイトに暴露された時は本気で泣きそうになったが、今ではそれも良い思い出だとほのかの中で片が付いているので、自分からそのようなことも言えるのだろう。
「達也さん、お願いです。私たちの為にも――深雪の為にも、これ以上ご自分を犠牲にするような作戦は使わないでください。達也さんの魔法を知っていても、そのことを忘れてしまうくらい衝撃を受けるんです、私たちは」
「確約はできないが、できる限りそうしよう」
「約束ですからね?」
泣きそうな表情で笑みを浮かべるほのかに、達也は白旗を上げた。この表情は深雪にもされたことがあるが、それを見た時と似たような感情を懐いた自分に達也は驚いたが、それだけ他の婚約者のことも自分の中で大きくなっているのだろうと結論付けたことで、表情には出さなかったが。
「全て片付いたら、一度全員に謝らなければいけないようだな」
「当然です。達也さんも被害者なのかもしれませんけど、せめて一言あっても良かったと思います」
「本当にすまなかった」
頭を下げる達也に近づき、ほのかはジッと達也のことを見詰める。視線を感じ顔を上げた達也の唇に、ほのかの唇が軽く触れる。
「これは罰ですからね!」
顔を真っ赤にしながらも微笑むほのかに、達也はもう一度白旗を上げるのだった。
罰、というよりご褒美?