劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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フォローは大事ですから


心配の取り除き

 新居から車を走らせて数十分、響子は四葉家の東京での拠点――所謂四葉ビルに連れて来られていた。噂では聞いていたが、外から見る限りでもセキュリティがしっかりしている建物を前にして、響子は思わず立ち竦んでしまう。

 

「こちらでございます」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 響子をここまで連れてきたのは、まだ青年と言える執事風の男。以前達也と一緒にいるところを見たことはあったが、直接言葉を交わしたことはなかったので、彼の名前は知らなかった。

 

「失礼ですが、貴方は……」

 

「申し遅れました。達也様の執事を務めさせていただいております、花菱兵庫と申します。以後お見知りおきを」

 

「達也くんの、執事……」

 

 

 響子は達也が四葉家内から爪弾きにされていた頃からの知り合いだ。その達也に執事がつけられていると知り、改めて達也の立場を思い知らされた。

 

「達也様、藤林響子様をお連れしました」

 

 

 最上階の一室の前で立ち止まり、ドア越しだというのに恭しい態度で話しかける兵庫。中から水波が顔を出し、ここから先の案内を引き継ぐようだと、響子は他人事のように眺めていた。

 

「こちらです」

 

 

 先程の兵庫とは対照的に、水波の態度は事務的に感じられる。これは響子が光宣の身内だからという訳ではなく、水波が意図的にそうしているだけなのだが、響子はその態度が不安に感じられてしまった。

 

「達也様、藤林響子様が到着されました」

 

『入ってくれ』

 

 

 達也の声で電子ロックが外れたのか、水波が扉を開け一礼をしてから響子を招き入れる。部屋の中には達也が一人で座っている。深雪の姿はどこにもない。

 

「ご苦労だった。水波は隣の部屋で待機していてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 

 達也に一礼してから、水波が部屋から出ていく。完全に二人きりの空間になり、響子はいきなり居心地の悪さを覚え身動ぎをする。

 

「急に呼び出してしまい申し訳ありません」

 

「い、いえ……達也くんが私の体調を心配してくれてのことだって聞いてるから」

 

「先日の電話の件、言葉足らずで心労を与えてしまったようで申し訳ありません」

 

「達也くんが頭を下げる必要は無いわよ! 私が勝手に勘違いして、勝手に自己嫌悪に陥ってただけだから……」

 

「あの時は水波の追跡や、緊急師族会議とかでいろいろと周りに気を配ってる余裕がなかったものでして」

 

「達也くんが忙しいのは分かってたし、余裕が無くなってきているというのも分かっていたのに、あんな時に電話した私が悪かったのよ。達也くんは何も悪くない」

 

「婚約者である響子さんに対して配慮が足りなかったのは事実です。そこは謝らせてください」

 

 

 達也に頭を下げられ、響子は慌てて立ち上がる。こんな場面を誰かに見られたら、それこそ大問題だ。だが今この場にいるのは達也と響子の二人だけだと思い出し、達也に頭を上げるよう願い入れる。

 

「達也くんに謝ってもらいたいわけじゃないのよ」

 

「では、何故そこまで藤林中尉が心身を病みかけているのか、お伺いしても?」

 

 

 ここからは『藤林響子』としてではなく『藤林中尉』として質問に答えなければならないのかと、達也の口調からそう判断して、響子は一度居住まいを正した。

 

「佐伯少将がしてきた不正の一部を四葉家の方にお話ししたことで、私はあの部隊に居続けることができなくなりました。もちろん、まだその事は佐伯少将も風間中佐も知りません。だから過度に気にする必要はないのですが、それでも気になってしまい、それで自分勝手に追い込まれていただけです」

 

「つまり、佐伯少将から仕返しを喰らうかもしれないと怯えていただけだと?」

 

「そう、ね……私は自分勝手に怯えていたのかもしれないわ。そもそも佐伯少将に私が告げ口をしたということを知る方法はないのだから、過度に気にする必要なんてなかったのに」

 

 

 達也に話したことで状況を冷静に分析することができるようになったのか、響子は自分が過剰に怯えていたことに気付き、肩の荷が下りたような気がしていた。

 

「まず藤林中尉に対する佐伯少将の報復の可能性ですが、これはあり得ないので気にしなくてもよろしいかと。情報源の秘匿はどの世界でも常識ですし、四葉家としても貴女に被害が及ぶような方法で佐伯少将を無力化するつもりはございません」

 

「その言葉を信じます」

 

「また俺個人としても、響子さんに何か罪を償ってもらおうだなど考えていませんので、今まで通り生活してもらって構いません」

 

「でも、父の所為で余計な手間を負ったのも、光宣くんの所為で水波さんがUSNAに連れ去られ、それを奪還する為にしなくてもいい任務を引き受けたのは事実です」

 

「その結果新たな伝手を手に入れることができましたので、むしろお礼を言いたいくらいですよ」

 

 

 達也の人の悪い笑みを見て、響子は自分が何に怯えていたのかと馬鹿らしく感じたのに気づく。達也なら襲ってきた不幸の倍以上利益を生み出すということを知っていたのに、いったい何を気にしていたのかと。

 

「少しは落ち着かれましたか?」

 

「えぇ。達也くんに話したおかげで、だいぶ心が楽になったわ」

 

「それは良かったです。四葉家としても、俺個人としても、響子さんが離れていくのは避けたかったですからね」

 

「それって――」

 

「水波、響子さんがお帰りだ」

 

 

 どういう意味かと問おうとしたが、話を切られてしまい真意は確かめられなかった。だがそれでも響子にとってこれ以上の収穫は無かっただろう。




思わせぶりな達也って珍しいかもしれないな

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