達也が入院したと聞いた時、エリカは達也の魔法を知っていながら焦ってしまったことを恥じている。別に焦ったのはエリカだけではないし、達也の魔法を失念していたのもエリカだけではない。だがエリカは、どうしてもそのことが気になってしまいイライラしていた。
「エリカちゃん、どうかしたの?」
「別に……というか、何であたしを呼んだのよ。今日はミキとデートじゃなかったの?」
「で、デートじゃないってば!」
友人の美月に呼び出されてカフェに来たのは良いのだが、内容はこの後幹比古と二人で出かけるのだが、どうしても一人で待ち合わせ場所に行く勇気が出ないというので付き添って欲しいとのことで、エリカは呆れているのを隠せずにいる。
「だいたいアンタたちはもう立派に付き合ってるんだから、いい加減慣れてきても良いんじゃないの? 一年の時から互いに意識してたのもバレバレだったんだし、そう考えればあたしたちよりも長い期間互いに意識してたってことになるでしょ? まぁ、達也くんがあたしたちをちゃんと意識してくれているのかは分からないけども」
「た、達也さんだってちゃんとエリカちゃんのことを意識してくれていると思うけど……」
美月も付き合っているというからかいには慣れてきたのか、そこには反応を示さなかったが、達也の話題を出されると途端にエリカに気を遣い始める。自分はある程度好きなタイミングで恋人に会うことができるのだが、エリカの場合はそうはいかない。偽装入院であることは美月も聞かされているし、もうその必要がなくなったというのも聞いているが、だからといって気軽にこちらに顔を出せる程達也には時間がないことを知っているからである。
「達也さんといえば、こっちに用事があるからもしかしたら顔を合わせられるかもって言ってたけど」
「誰が?」
「さっき吉田君からメッセージが送られてきて、その中に書いてありました」
「何でミキがそのことを知ってるのかしら……あたしは聞かされてなかったのに」
「あっ……べ、別に深い意味は無いんじゃないかな?」
どうやら地雷を踏み抜いたらしいと気が付いた美月が慌ててフォローしようとするが、何を言っても逆効果でしかないと自覚し、ついには黙って俯いてしまった。
「お待たせ、待たせちゃった――何でエリカまでいるのさ」
「別に。ただ美月に恋人と会いに行く勇気がないって言われたから、暇なあたしが付き添ってあげてるだけよ」
「あんまりそうやって幹比古たちをからかうのは止めた方が良いと思うぞ」
「ふぇ?」
幹比古の方を見ずにひねくれていたエリカだったが、幹比古のではない男性の声に間の抜けた声をあげてそちらを振り向く。するとそこには、苦笑いを浮かべている達也が立っていた。
「た、達也くん!? どうしてミキと一緒にいるの!?」
「僕の名前は幹比古だ!」
「幹比古には古式魔法のことで少し聞きたいことがあったからな。こちらに戻ってこられる今、ちょっと時間を作ってもらっただけだ」
「それで、どうして達也くんがミキと美月のデートの待ち合わせ場所までついてきたの?」
「相談に乗ってもらったお礼として、お茶くらいご馳走しようと思ってな。幹比古がこの店を選んだ理由が分からなかったが、そういうことだったのか」
「まだちょっと早いし、まさか柴田さんがもういるとは思ってなかったよ」
「でもさっき『お待たせ』とか言っていなかったか?」
「それは……」
実は待ち合わせ時間は今から三十分後なのだが、幹比古も美月も緊張から早めにこの店に来てしまったのだ。互いに互いがこんな時間に来るとは思っていなかったのだが、幹比古以上に緊張している美月に気を使わせないよう、幹比古が遅れた感じを出したのだが、その気遣いは達也には理解できなかった。
「時間があるなら少し話そうよ。さすがに二人のデートの邪魔をするのは気が引けるし、付き合わされたあたしに何か奢ってくれてもいいんだけど」
「エリカちゃん、さっきケーキ食べてなかったっけ?」
「気のせいよ」
エリカの無言の圧力に屈した美月はそれ以上何もツッコまなかったが、達也と幹比古は揃って苦笑いを浮かべているので、どちらが真実を語っているのかは理解しているようだ。
「それで、達也くんがミキに聞きたかったことって?」
「魔法演算領域のオーバーヒートの件で、古式魔法に有効な治療法があるかどうかをな」
「何でいきなりそんなことを?」
「水波の容態がいきなり安定したから、光宣が何かしたんじゃないかと思ってな。俺が『視』た限り、水波にパラサイト化の兆候は見られなかったので、もしかしたら古式魔法に有効な治療法があって、光宣がそれをどこかから知り、水波に施したのではないかと思って。だが残念ながら、古式魔法の中にもそのような治療法はなかったがな」
「水波ちゃん、こちらに戻ってこられたんですね?」
「あぁ。先日無事に連れ戻すことができた」
「しっかし達也くんも大変よね~。恒星炉プラント研究の他にもいろいろとやらなきゃいけないのに、まさかミキの付き添いもしなきゃいけなくなるなんて」
「僕の名前は幹比古だ! それに僕は別に付き添いを頼んだわけじゃ……」
だんだんと消え入るような声になったところを見て、エリカは緊張していたのは美月だけではなかったと確信し、初々しい恋人たちを見てため息を吐くのだった。
この二人は永遠に初々しいんだろうな